「あの……」

か細い声が聞こえた。
びくっと体を震わせたリンファスは、絶対に今花を食べたことを咎められるのだと思った。青くなって声の方を振り返ると、図書室のドアの所に居たその子はしかし、そんなことは言わなかった。

「あの……、……いつも、そうやってお掃除、してくれていたのよね……?」

おとなしそうな声で声の主の少女はリンファスに尋ねた。掃除がどうしたんだろう。それよりリンファスは、花を食べてしまったのに……。

「え……? え、お、お掃除ですか……? だ、だって、私には、花が咲いていないから、……だから仕事をするのは、あたりまえ、です……」

動揺も露わにそう返すと、少女はぺこりと頭を下げた。

「今までもきれいな館だと思ってたけど、最近やけにきれいだなって思っていたの。……貴女がお掃除してくれていたのね、ありがとう……」

ありがとうだって? そんな言葉、リンファスには相応しくない。
だって、花が着いていなかったばかりか、今……、たった今、咲いたばかりの一輪だけの花を、食べてしまったのだから……。

「あ、ありがとうなんて、言ってもらえることではないの……! ご、ごめんなさい。まだ仕事がいっぱいあるから……!」

リンファスは兎に角花を食べたことを咎められることが怖くてその場から逃げようとした。

その時に動揺していて脚がもつれ、廊下に置いていたバケツに足を引っ掛けてしまった。
パシャン、と水が零れ、少し大きめの水たまりが廊下に出来てしまう。
これは早くモップで拭かないと、通る人が滑ってしまう。

リンファスは掃除道具入れに直行すると、モップを取り出し、水たまりの水を吸った。その手際を見守るように、図書室のドアのところで少女はぽかんとリンファスの仕事を見ていた。

キュッキュッキュッ。

零れた水を十分モップに吸い込ませて、最後に水を吸い終わったモップを絞って終わり。
ぎゅっと握ったモップから手を放した時、パチパチパチ、と小さく手を叩く音がした。図書室のドアから見ていた少女が、手を叩いたのだ。

何の合図だろう、と思っていると、少女は小さな口をにこりと笑みに変えて、こう言った。

「凄いわ……。私の家のメイド長よりも手際が良いわ……! 貴女、インタルから遠い村から来たんでしょう? 名前は? 私はプルネル」

そこまで聞いて、手を叩いた音が称賛の合図だと知った。ぽかんとプルネルと名乗った少女を見つめ、そしてそこで手を差し出されていることに気付いた。
モップを絞った手を、ぎゅぎゅっとスカートで拭く。

「わ、……私は、リンファスと言います……。初めまして、プルネルさん……」

そっと手を差し出すと、プルネルはリンファスの手をきゅっと握った。

「敬語はよして。同じ花乙女同士じゃない。私、貴女のことを尊敬するわ。良かったら、お友達にならない?」

友達……? 友達だって……!? こんな、花の咲かない出来損ないの花乙女の友達だって!?

驚きで何も言えなかったリンファスの体の内側に、また、ともしびが灯るようなあたたかさが込み上げてきた。

じわじわと右胸のあたりがあたたまる感じがする……。すると、その場所に淡い紫色の可憐な花がゆっくりとその花弁を開いた。その事態に、リンファスはまたも驚愕した。