リンファスは手に力を入れて立ち上がると、家の中を見渡し、テーブルの上や床に転がった酒瓶を片付けて回った。そしてファトマルが使っていた僅かな食べ物を乗せていた食器と共に台所の桶に浸して洗った。

瓶は中をよくすすいで綺麗にし、食器を洗い終わると、桶の中の水を張り替え、自分の顔を映した。

ゆるく波紋を描く水面に浮かぶ自分の顔は、何度見つめ直してもやはり白い髪の毛と紫の目をしており、茶色の髪と茶色の瞳のファトマルとは似ても似つかない。リンファスは諦めたように口元に笑みを浮かべて、桶の中の水を流した。

(村の人はみんな茶色の目に茶色の髪の毛なのに、わたしだけこんな髪と瞳の色なんだもの……。誰だって気持ち悪く思うわ……。薄気味悪いと思うはずなのに、一緒の家に居てくれる父さんは、お酒と博打には弱いけど、それでもいい人よ……)

ため息が零れる。どんなに見つめたって、村の人たちのような色にはならなかった。その時。

コンコン。

家のドアをノックする音が聞こえた。リンファスはその音に素直に疑問を浮かべた。

(父さんは出かけたら夕方まで戻らないもの……。誰……?)

戸惑っていると、玄関の外から家の中に呼び掛ける声が聞こえた。

「もし。どなたかいらっしゃいませんか?」

(女の人の声……。強盗とかではなさそう……)

そう思ってふるふると首を振った。そもそもこの家には、強盗が盗るようなものは何もない。リンファスは恐る恐る玄関のドアを開けた。ドアの前にはふくよかな、きちんとした身なりの女性が立っていた。

「ああ、手紙の通りね。会えてうれしいわ」

開口一番そう言った女性は、奇異な見た目のリンファスに対してにこやかに微笑んだ。

(……手紙? ……うれしい?)

リンファスは女性のにこやかさに戸惑った。

「あの……、どちらさま……?」

そう問うと、女性はそうね、そうよね、とひとつ手を叩いた。

「まずは自己紹介からよね。私はハンナ・グレンフォート。王都・インタルから来たの。あなたの名前は?」

「……リンファスと言います」

リンファスが名乗ると、ハンナは笑みを深くしてこう言った。

「リンファス……。いい名前ね。ご両親は今、いらっしゃるかしら?」

「あ……っ、母は私を生んですぐに死んだそうです。父は今、出掛けてて……」

リンファスがそう言うと、ハンナは、そう、と言って頷き、ファトマルが帰るまで家で待たせてもらっても良いだろうかと問うてきた。

「え……っ」

「大事な用事があるのよ。……あなたのことで」

(……私のこと……?)

リンファスは不思議そうな顔でハンナを見つめた。