「今日はいい日だったよ。なんて言ったって本物の花乙女に会えたんだ!」

夜になって寝間着に着替えたロレシオを、乳母のマリアは苦笑しながら窘めた。

「ロレシオさま、興奮が過ぎますよ。夕方からずっとその調子で……」

「だってマリア、これが興奮せずに居られる!? 
僕はずっと写真でしか花乙女のお母さまを見たことがなかったんだよ!? 
サラティアナは自分よりお母さまの方がきれいな髪と瞳だって言ってた。
お母さまはやっぱり写真よりもきれいなんだね!」

ロレシオは写真立てに入っている両親の写真を眺めた。硝子の上から母親の顔を指で撫でる。

「カタリアナさまはご存じの通り花乙女でいらっしゃいますから、ウオルフ王と愛し合っておられます。
花乙女がこの世で唯一の愛するイヴラとしか結ばれないのをご存じですね? 
でしたら、ウオルフさまを愛し、ウオルフさまに愛されるカタリアナさまがお美しいのは自明の理でございます」

「それは教えてもらったけどさ。でも写真では分からないこともあるだろう? 
例えばあの紫の瞳! 
この写真ではうすぼんやりとしか分からない。お父さまよりも淡い色だって言うのは分かるけど、分かるのはそれくらいだろう? 
ルーカスに絵の勉強も見てもらったけど、絵の具の紫とは全然違ったよ! 
本当に吸い込まれそうなきれいな瞳だった!」

ロレシオはサラティアナの瞳を思い出していた。例えるならアメジストのような奥深い紫……。写真や絵の具の色を見ているだけでは分からなかったことだ。

「それにしてもサラティアナは良いな。お父さまとお母さまに会ったことがあるんだ……。
息子の僕でも会えない方なのに、サラティアナが会ってるのは、ちょっと悔しいな……」

ロレシオがぽつりとつぶやいて視線を下げる。マリアは何故か可哀想な人を見るような痛ましい目でロレシオを見た。





それから何度かサラティアナは王城を訪れた。
最初、ロレシオが精いっぱいのもてなしとして、紅茶やスコーン、ケーキやクッキーを取りそろえたティーセットをサラティアナの前に並べたら、サラティアナは笑って、

「わたくしはこれで十分なのですわ」

と言って、自分に咲いている花を摘んで食べた。
ロレシオは知識として花乙女は自らに咲く花を食べるということは知っていたが、現実としてそうなのだということを認識したのはこれが初めてだった。

「花だけでお腹は空かないの?」

「わたくしは人の食べ物だけではお腹は満腹にならないのですわ。
花は一つ食べれば十分すぎるお食事ですの。
折角ご用意してくださったのに申し訳ないのですけど、これが花乙女だと割り切って頂くしかございませんわ」

眉を寄せて苦笑するサラティアナに、いいや、僕こそ配慮が足りなかったよ、とロレシオは謝罪した。
ロレシオはあたたかいスコーンを手で割り、クリームとジャムを付けて口に運ぶと、サラティアナに聞いた。

「花ってどんな味がするんだろう? 僕が食べても美味しいのかな?」

「まあ、ロレシオさま。良かったら一つ食べてみられますか?」

くすりと笑って、サラティアナは自分に咲いている白い色の花を摘むと、ロレシオに差し出した。

ロレシオはサラティアナの花を受け取ったが、見たり触ったりする限り、城の庭に咲いている花と変わりないように思えた。
そしてサラティアナがするように、一枚花弁をはぎ取って口に運んでみた。
……しかし、食事に出てくるサラダに使われているリーフの食感より若干厚みのある食感と無味の味に顔をしかめた。