やはり顔色が悪い。
頬も自分の知っている花乙女とは違って線がシャープで体つきも貧相だ。倒れた拍子に伝票を手放した手の先が荒れている。
花乙女で花が付いていないというだけでも驚きなのに、王都(ここ)での生活で、彼女の体は回復しなかったのだろうか?

「ロっ、ロレシオさん、どうしましょう!? 医者を呼んだ方が良いんでしょうか!?」

気が動転している様子のカーンがおろおろと叫ぶ。落ち着け、と諭したうえで、ロレシオは言った。

「僕が花乙女の館に連れて帰る。花乙女に普通の薬は効かない。カーンはベジェモットの屋敷に行ってセルン夫人を館に呼んでくれ」

「わ、分かりました!」

そのまま店を飛び出そうとするカーンを、ロレシオは呼び止めた。

「ああ、この子が持ってた伝票の品、僕が代わりに届けるから出して行ってくれるか」

「はっ、はい!」

カーンは店の奥に取って返すと、ガタガタと音をさせた後、少女が取りに来た品を出してくれた。

「ありがとう。僕はこのまま荷馬車で館に戻る。セルン夫人を頼んだぞ」

「はい!」

ロレシオは倒れているリンファスを抱き上げてまた驚く。外見から想像していたが、こんなに軽いとは……。
ロレシオはリンファスを荷馬車に乗せ、馬を走らせた。






「ケイト!」

ロレシオが男でありながら花乙女の館に踏み込むと、館の中からケイトがロレシオの呼びかけに大慌てで出てきた。

「何だい!? 男性はこの館に……、……ど、どうしたんだい、リンファス!」

ケイトは少女を認めると顔を青ざめさせて駆け寄って来た。ロレシオは簡単に経緯をケイトに説明する。

「街へ行くこの子の護衛を頼まれて一緒に行ったが、行った先の店でこの子が倒れた。今、カーンがセルン夫人を呼びに行ってくれている。取り敢えずこの子を医務室へ運ぼう」

「そ、そうだね。こっちだよ」

ロレシオはケイトの案内で屋敷の一階一番奥の医務室に入り、リンファスをベッドに寝かせた。白いシーツに寝かされたリンファスはやはり顔色が青い。ケイトがリンファスを心配そうに見る合間に此方をちらりと見た。

「……あんた、その髪の色、イヴラなのかい……? それにしては、茶話会では会ったことがないね……?」

ロレシオはケイトの疑問に淡々と応じた。

「それは今この状況で必要な質問か?」

必要以上に干渉して欲しくなくてそう言うと、ケイトは穏やかに微笑んで必要だよ、と言った。

「リンファスが目を覚ましたら、きっと此処に連れて来てくれた人のことを問うと思うよ。その時に、恩人のことを教えてあげられなかったら、申し訳ないよ。リンファスにも、あんたにも」

「この子に僕がしたことは教えなくて良い。どうせ僕は茶話会に出ないし、これきり会うことはない。
この子が店で受け取っていた荷物を持ってくるから、ドアは開けておいてくれ」

そう言ってロレシオはケイトの質問から逃れた。
門の前に止めてあった荷馬車からヘイネスの店の名前が入った水色の箱とカーンの店で受け取った黒いベルベットの箱を持って、もう一度屋敷に戻る。
医務室ではケイトが待っていて、彼女に持っていた二つの箱を渡した。

「僕が分かる範囲でのこの子の持ち物だ。これ以外に忘れているものがあれば、体調が戻ってから取りに行くように言ってくれ」

「ありがとう。私が聞いていた限りでは、これで全部だ。リンファスも安心するよ」

礼を聞いて、ロレシオは医務室を出た。医務室とは反対の壁側に作られた部屋の内のひとつから、少女たちが顔をのぞかせている。談話室のそのドアを開けたところに、一人の少女が立っていた。