(いけない……。ちゃんとドレスとネックレスを持って帰らないと、サラティアナさんが困るわ……)

リンファスは意思の力でその場に足を踏ん張った。そしてドレスの入った箱を荷馬車の荷台に置くと、その足取りでカーンの店のドアを開けた。

丁度店に来ていたと思しき客が出て行ったところで、リンファスはその入れ違いで店に入った。

「ごめん下さい」

店に入ると、ロレシオが居た。そう思っていると、店主はロレシオ越しにリンファスを見て声を掛けてくれた。

「いらっしゃい、お嬢さん。少し待っててもらえるかな」

リンファスは店主に頷いてドアの横に待機した。

心なしか、やはり体に力が入らないような気がする。それでも用事を放り出すわけにはいかなかった。仕事の出来ない人間は要らないのだと、ファトマルから散々教えられてきたからだった。

「それで、カーン。時計は直ったのか」

カーンと呼ばれた店主が、黒いトレイに載せたものをロレシオに見せている。

「見て頂ければ分かるでしょう、ロレシオさん。秒針も間違いなく時を刻んでますよ」

「ふむ……」

ロレシオはトレイから銀に輝く懐中時計を取り上げて目線の高さに持つと、まじまじとその盤面を見ていた。

「ちゃんと動いているな。ありがたい。この数日、外出すると時間が分からなくて困っていた」

「お役に立てて光栄ですよ」

にこりとカーンが笑って、やっと店主がリンファスの方を見る。

「お嬢さんは何を持ってきたのかな?」

「あ、サラティアナさんのネックレスを受け取りに来ました」

これ伝票です、とリンファスはスカートのポケットに入れていた預かり票を出して、サラティアナのネックレスを出してもらうようお願いしようとする。

ロレシオが店の外に居る、と言ってドアを開けた、その時。

その入れ替わる空気の動きに合わせてリンファスの体が揺れた。
目の前が歪んでいく様子が瞼の裏に映り、リンファスはその直後、意識を真っ暗な闇に手渡した。

ふわっと。

まるで体の芯が空気になったみたいにリンファスはその場にくず折れた。カーンが慌てたような声を出した。

「お嬢さん!?」

店を出ようとしていたロレシオも、カーンの声に店の中で倒れたリンファスを振り向いた。

ロレシオの目の前でリンファスが床に倒れている。手に持っていたと思しき伝票は長い髪が散らばった近くに落ち、その顔は少し青ざめている。

体調が悪かったのか? 荷馬車で隣に座って居たけれど、それらしい仕草は見せなかった。

しかし、ついでの用があったとはいえ、護衛した花乙女の体調を見抜けなかったのはイヴラとして失敗ではないだろうか。

ロレシオはちっと舌を鳴らすと、リンファスの傍らに膝をついた。