「ロレシオ、丁度いい。お前さん今から、修理に出していた懐中時計を受け取りに行くと言ってなかったか? この子も街に用事があるんだ。一緒に行ってやってくれ」

え、と思う。
何時もハラントが一緒に行ってくれていて、正直漸くハラントに慣れてきたところだったのだ。

ロレシオとは初対面ではないが、インタルに来る時に冷徹な声を掛けられ、その後もそっけなくされていることから、緊張してしまう。
しかしリンファスは既にサラティアナの用事を請け負ってしまっていたし、他に選択肢はなかった。
ロレシオは面倒くさそうにため息を吐きながらも、荷馬車の方へと歩みを変えてくれた。

「す……、すみません、ご迷惑をかけて……。それに、懐中時計の修理って、……もしかして、私がぶつかって落としたからですか……?」

ロレシオが纏う、無言の空気に委縮してリンファスの声が小さくなる。ロレシオは一言も発さずに馬車に乗った。リンファスも続く。
ロレシオがぴしりと馬に鞭をくれ、荷馬車が走り出した。

ガラガラと車輪の回る音が響く以外は無言の状態でリンファスとロレシオは座席に座って居た。

「……、………」

「…………」

清々しく晴れた空に反して沈黙は重く、しかし気の利いたことの言えないリンファスは座席に座ってスカートを握って居るしかなかった。

そしてただ揺られているからだろうか、馬車の振動のはずみで体が浮くような感覚を覚える。
頭がふらつく、とでも言うのだろうか、ファトマルから食事を取り上げられた夜に空腹を感じて起こる、体の芯から力が抜けるような感覚だった。リンファスは己を叱咤した。

(手綱を持っていただいてるとはいえ、仕事中よ……。気を抜くなんて駄目だわ……)

リンファスは手綱を握る代わりにもっとぎゅっとスカートを握った。ガラガラと馬車は街へ入っていく。賑やかな街並みと、大勢の人が行き交っていた。

王都・インタルの中心街は活気に満ち溢れていた。荷馬車を走らせてもらったリンファスは道順を気にする必要がなく、故に周囲の状況が目に入るために、行き交う馬車と人の多さに王都に来た時以来の驚きを感じた。

宿舎は住宅街にある為、人の往来は館の中から確認できるが、馬車はそこまで多くない。だから馬車の交通量に圧倒された。
勿論、通りを歩く人の数も、宿舎の周りよりうんと多い。

リンファスたちはその中を荷馬車でゆっくりと駆け抜けていった。
通りの人たちからは好奇の目が向けられている。人々はウエルトの村人と同じく茶色い髪、茶色い目で、白くて長い髪のリンファスは目立つ。

ハンナもケイトも花乙女は希少で貴重だと言っていたから、見世物小屋の動物を見るような感覚なのかもしれない。それでも、ウエルトの村人のように嫌悪の目がないだけ良かった。