「リンファス、何もそんなに頑張らなくても良いんだよ。あんたが花乙女であることは、髪と目の色から明らかなことだし、花だっていずれ咲く。
あんたはまだこの街に来て日が浅い。此処に住む乙女たちにだって、最初は花が少なかった子も居る。でも今じゃいっぱいの花を着けている。
人の心を動かすには時間が必要なのさ。焦ったって仕方ない。
あんたはあんたに出来ることを十分にやってるよ。だからあんまり思い悩むんじゃない」

ケイトのあたたかい言葉に救われる思いがした。でも現実としてリンファスはアスナイヌトに届けるための花だって咲いていないから、此処に居られるための努力はすべきだと思う。
リンファスはケイトににこりと笑って返した。

「私、本当に働くことが性に合ってるんです。ずっとそうやって暮らしてきたから、突然何もしなくても良いって言われても困ってしまうし……。だから仕事は続けさせてください」

リンファスの考えが変わらないことを、ケイトはため息交じりに笑った。

「……あんたは何度言って聞かせても変わらないね。あたしはそういう乙女が居るって言うことを、そろそろ受け止めなきゃいけないのかもしれない」

ケイトが苦笑いをして言うのを申し訳ないような気持ちで聞く。でもこれしか此処に居られる方法が見つからないのだ。

リンファスは花茶を飲み干してしまうと、ケイトに礼を言って席を立った。

「ケイトさん、食事とお茶をありがとうございました。……それから、仕事を取り上げないでくださって、ありがとうございます」

「ああ、そうだね。あんたの気の済むようにしたらいいよ。ただし、無理はしないこと。花乙女は心身共に健やかである方が、花は咲くんだ」

ケイトに、はい、と返事をしてカップを厨房で洗うと食堂を出た。

続けて掃除を……、と思ったところで、視線を感じた。振り向くと丁度図書室の扉が閉まった。何か用事だっただろうか。
用事なら請け負って、役に立ちたい。そう思ったが、閉まってしまった扉をノックするのは勇気が要る。

リンファスはそのまま廊下の掃除に着手した。










その日、花乙女の宿舎の隣の敷地のイヴラの宿舎では、今後の予定などをケイトの夫である寮父のハラントが連絡していた。

「先日、新しい花乙女が隣の館に加わったそうだ。次の茶話会は二週間後だから、その乙女が出席するかどうかは分からないが、またよろしく頼むよ」

さわさわと色々な色の髪と目の色をした青年たちがざわめく。

「それって、うわさで聞いた花のない子じゃないのか」

「白い花も咲いていないなんて、親が見捨てるほどに性格が悪いんじゃないのか?」

青年たち――イヴラ――が囁き合っているとき、茶話会に出席する気のないロレシオは宿舎の自室に居た。
先日来針が止まってしまった懐中時計のねじを巻く。しかし動き出す様子はなかった。この前、大陸の端まで迎えに行った花乙女と、館前でぶつかった時に落とした懐中時計だ。その時に壊れたのかもしれない。

(……これは修理に出さないといけないか……)

ふう、とロレシオはため息を吐いた。酒場は夜まで開いているが、商店が開いているのは夕方までだ。全く忌々しい、と思う。こんな成りに生まれなかったら、もっと平凡な日常があったかもしれないのに。

(……僕は生まれ落ちた時からすべてを失ってる。もう誰にも何も望まない……)

ロレシオはそう思うと、壁のフックに掛けてあったフードマントを手に取り、部屋を出た。