リンファスが家に帰り、馬小屋に馬を仕舞い、荷台を片付けてから家に入ると、玄関のドアを開けた途端に家の中から罵声が飛んだ。

「リンファス! 帰って来たのなら、今日の売り上げを早く寄越さないか!」

家の中から叫んだのは、リンファスの父、ファトマルである。
ファトマルは古いテーブルセットの椅子にだらしなく腰かけており、赤い顔をしてその手には空いた酒瓶を持っていた。

他にもテーブルの上、ファトマルの足元にも数本、酒瓶が転がっており、日中から飲酒していたことは明らかだった。しかしリンファスはその様を見ても顔色一つ変えない。これが日常だからだ。

「父さん、今日は少ししか売れなかったの……。だから、これだけしかないわ」

「たったの50ルーカだと!? そんな稼ぎでお前を養えると思ってるのか! この魔女の子めが!」

ファトマルは売り上げを渡そうとしたリンファスを力任せに叩いた。その拍子にガリガリのリンファスの体が吹っ飛んで床に倒れる。

「……っ!」

「これ見よがしに倒れるな! お前を養っているせいで、俺が村でなんて言われているのか知ってるのか! 
それでもお前を家に置いてやってる俺に対して感謝こそすれ、被害者振るなんて根性が曲がってる! 
お前のような奇異な子供は働く事しか出来ることはないだろうが! 売り上げをこっちに寄越して部屋に引っ込んでろ!」

ファトマルの言い分は尤もだった。椅子から立ち上がるファトマルを視線で追い、リンファスはファトマルに問いかけた。

「あっ、父さん、何処へ……」

「いつもの所だ。飯までには戻る。俺の食事を作っておけ。魚のスープだ。野菜は飽きた」

ファトマルがそう言いつけると、リンファスは困ったように眉を寄せた。

「父さん、魚は最近、海を海賊が自由に荒らしているらしくて、漁師の人も漁が出来ないって言ってるの」

「ええい、お前がきちんと野菜を売り上げたら高値でも買えただろう! この役立たず! 何でもいい、食事を作っておけ!」

リンファスは俯いて返事をした。

「……はい……」

バタン、と荒々しい音をさせてファトマルが家を出て行く。リンファスは床についた手をぎゅっと握って、その音を見送った。

(私は魔女の子だもの……。屋根があるところに暮らせるだけ、良いんだわ……)

人々が忌み嫌う魔女の子だから、路頭に迷わないだけ自分は幸せ者だ。リンファスは真剣にそう思っていた。