次々と連行されていくオンガとその仲間たち、それにファトマルをロレシオの背後に守られながら見つめて、リンファスは呆然としていた。
目の前で繰り広げられていた切り合いが恐ろしかったと、漸く大きな恐怖の感情が沸き上がる。

「……っ、……っぅ……」

怖かった……。怖かった……。
このまま此処で枯れて死ぬのだと思ったことも、ファトマルがリンファスを売りさばこうとしていたことも、金の為なら何でもやるオンガたちも、……そしてもうみんなと会えないかもしれなかったことも。全部全部、怖かった。

ぽろぽろと泣き出してしまったリンファスのロープを解くと、ロレシオはリンファスの前に片膝をつき、リンファスをそっと抱き締めた。

「リンファス、僕の花の所為で怖い思いをさせてすまなかった」

落ち着いた甘いテノールがリンファスの鼓膜をくすぐる。しかし涙が零れているリンファスはしゃくりあげてしまって、何も言えない。
震える肩をロレシオはあたためるように包み、低く語り掛ける。

「君を失ってしまうかと思ったら、居ても立っても居られなかった。君を失うことに比べたら、自分の些細な欠点なんて気にしていられなかった。
間に合わないかと思った……。無事でいてくれてありがとう……」

リンファスはロレシオに抱き締められたまましゃくりあげ続けた。
口許を手で覆っているリンファスの手の甲に傷があるのを、ロレシオは持っていたハンカチーフで縛った。
リンファスが贈った、青い花の刺繍のハンカチーフだった。これはあのイヴラにあげてしまったのではなかったのだろうか……? それに……。

「ど……、どう、して……っ……。サ、サラティ、アナ……さんは……」

「サラティアナのことで君が傷付いたことも謝る。僕と彼女の歴史の中で、食い違いが起こってしまった結果の行動だった」

「……じゃ、じゃあ、……音楽ホールで一緒に居たのは……」

「やっぱり見ていたのか。王室の社交の一環だよ。僕の気持ちはサラティアナにはない。君だけだ。君だけを想っている」

花が咲く。一つ、二つ、増えていく。ぽとり、ぽとりと落ちていく。

「でも私……、貴方のことを信じられなかったわ。信じてこなかった。花が落ち続けたのが何よりの証拠よ。
部屋にも通路にも沢山花が落ちてるわ。だから貴方に想われる価値なんてないのよ」

くしゃりと顔を歪めて泣くリンファスが俯く。ロレシオは抱擁を解いてリンファスの肩に手を置いた。言い聞かせるようにリンファスに告白する。

「僕こそ悪かった。見た目で忌避されるのを恐れて君に本当の姿を見せてこなかった。
僕は弱い。でも、君の為なら強くなれると思うんだ。君を守るのは僕でありたい。僕を、選んで欲しいんだ」

ロレシオの言葉にリンファスが瞬きをする。ロレシオを正面から見つめていた目じりに溜まっていた涙が、頬を伝う。

「そのことが貴方の辛く悲しい過去に繋がっているのね……。でも私、貴方の瞳好きよ。だって、日に当たって、とてもきれいだもの」

リンファスはロレシオの辛かった過去に対して素直な気持ちを述べる。そして言葉をつづけた。

「……でも、貴方に私は相応しくないとサラティアナさんに言われたわ。その通りだと思う。アディアの王子である貴方に私が出来ることなんて何もないし、私が愛されるなんて、元からお門違いだったのよ……」

どうしても自信が持てないリンファスに、ロレシオは言葉を尽くしてくれる。