「おおっ! 待っていたぞ、オンガ!」
リンファスたちが連れてこられたのは、海に続く洞と接しているとは思えない程、広くて豪華な部屋だった。
当たり前のように部屋を明るく照らす硝子のシャンデリアが下がっており、床はふかふかの絨毯だ。
其処に半円状に並べられたソファに腰掛けた見た目は様々な男性が座って居た。みんな一様に、半円になったソファの中心にある椅子に座らせている女の子たち――花乙女――から視線を上げ、リンファスたちを品定めでもするかのように見て、頷いていた。
リンファスたち以外にも花乙女が居るとは思わなかった。これが『競り』の場所なのか……。
「その、蒼い花は珍しい。芯が銀なんてあるのか……」
感心したようにリンファスに咲くロレシオの花に言及した男に向かって、今までオンガの影に隠れていたファトマルがずいっと姿を現した。
「旦那、良い値をつけてくださいよ。こっちは可愛い娘を売りに出してんだ」
揉み手をしてまでリンファスを売りつけようとするファトマルの姿に、この時リンファスは、ケイトの言った言葉の意味がやっと分かった。
自分は、本当にファトマルに愛されていなかったのだ。
(……私を愛してくれる人なんて、……やっぱり居ないのよ……)
長く一緒に暮らして来た肉親のファトマルでさえ、リンファスに愛想をつかして売りに出そうとしていることが、何よりの証拠だった。
(新しく……、『これから』を歩めると、思ったのに……)
明るく眩しい未来が待っている筈だった。其処にはインタルで出来た友人たちが沢山居る筈だった。
こんな形で離ればなれになるとは思ってもみなかった。こんなことなら、もっと沢山みんなと話しておけばよかった。
脳裏にやさしい人たちの面影が思い浮かぶ。
プルネル。アキムやルドヴィック。サラティアナや他の館の乙女、イヴラたち。そして……。
(ロレシオ…………)
一瞬思い浮かんだ、綺麗な淡い金の髪。
でも駄目だった。彼はサラティアナを選んだのだった。リンファスが相応しくない理由も分からない。
母親やアスナイヌトが彼を癒すような愛情も、リンファスは持てない。だってリンファスは女神ではないから……。
(話してくれなければ分からないわ……。私にロレシオの考えを見越すことは出来ないんだもの……)
リンファスにもっと話術があれば察することも出来るだろうが、生憎田舎育ちの虐げられ続けたリンファスにそれは不可能だった。
自らを傷付けるものには敏感になったが、『愛』などの感情は触れてこなかったので察することは出来ない。
花は落ちる。落ちては咲く。
(もう、……だめだわ……。この先、私はこの土地で死ぬのね……)
ウエルトの村では何時でも死ねると思っていた。それが今、こんなに怖いなんて……。そう涙が零れた。
「では、揃ったところで始めましょうか」
部屋の奥のドアの傍に居た、丸眼鏡の男がにっこりと笑ってベルを一振りした。
「オークションの、始まり……――――」