果たして一日半後にロレシオたちはグスタンのリグニに到着した。
港に係留されている船で怪しそうな船の影は見当たらない。既にリンファスを下ろして船は去ったか。それとも奴らには別の船着き場があるのか。
両方の可能性を考えると、ますますグスタンでの情報合戦になってくる。ロレシオ一行は急いでグスタン王の許へ向かった。
謁見の間に通されるとグスタン王・ラバールが待っていた。ロレシオは傍仕えにウオルフからの書状を手渡すと、ラバールに向き直った。
「先ぶれをもらっているから、事情は分かっておる。花会(ルルディア)については此方でも少し調べたようだ。詳しくは宰相に聞くといい」
ラバールは書状に目を通すと、ロレシオに目を細めて語り掛けた。
「色持ちと花着きにそんな絆があったとは、儂もまだ学びが足りぬ。謝罪の意味を込めて、これから其方たちがこの国で行動することを、儂の承知するところとしよう。海を越えて、庭(自国)のようには振舞えぬであろうが、此方の警察隊と共に、其方たちが力を合わせてくれ」
寛大な処置に、ロレシオはこうべを垂れた。
「ありがたく存じます、グスタン国王陛下」
頭を上げると、傍仕えの奥に居た宰相がロレシオの方へ向き直った。
「私は自国での権力をグスタン王国では奮わないことを誓います。ただ一つ」
覚悟を持って、宣誓する。
「我が国から花を持ち去った、野蛮な輩を屈服させる時以外は」
リンファスたちはアディアで船に載せられたときのような海際の洞の中で船から下ろされ、やはり岸壁を削って作られた狭い通路を歩いて居た。
壁に灯されたろうそくの灯が弱々しく揺れ、足元は海水が出入りしているのか、水が靴を浸してくる。
リンファスは花が落ちることを理由に、ファトマルにされたのと同じように布ですっぽりと包(くるま)って歩いていた。
しばらく歩くと行き止まりのその壁に、黒い鉄の扉が付いている。先頭を歩いていたオンガが、扉の向こうに話し掛けた。
「ルルディアを連れてきた」
ひそめられた声に確信する。
(……この中が、……きっと『競り』の会場だわ……)
鉄の扉は重たそうで、この中に入ったらとても自分たちの手では開けられない。
リンファスは顔を布の影に隠したまま、後ろを歩くルシーアとイリエネに目配せをした。視線の先で覚悟を決めた表情の二人を見た。
ガチャン、と重たいドアが開いた時。
「えいっ!」
リンファスは体を回して包っていた布から、中に溜まった、体から落ちた沢山の花をバサッとまき散らした。
暗い洞の中は一瞬、蒼のカーテンで閉ざされたようになる。その隙にルシーアとイリエネが最後尾を歩いていた男に体当たりをした。
「うわっ!」
流石に少女の後ろで気を抜いていたのか、男がその場に尻もちをついて、ルシーアとイリエネはそのまま今来た道を戻っていく。
「おい! アマぁ! 舐めたことしてんじゃねーぞ!!」
リンファスはオンガにねじ伏せられながら、走っていく二人の後姿を祈るような気持ちで見つめる。
(そのまま……洞の入り口まで頑張って……!)
しかし。
「あっ!!」
後から船を降りてきた仲間が軽々と二人を抑え込んだ。小さなルシーアは小脇に抱え上げ挙げられてしまう程だった。
「ああ…………」
自分たちには、もはや運命を変える力は残っていないのか。このまま知らない土地で枯れ果てなければいけないのだろうか。
絶望と恐怖に、ぼろぼろと涙が落ちる。
リンファスからぽろぽろと蒼い花が落ちる。
押さえ付けられた一帯が蒼い花で埋まった。
「全く、手間かけさせんじゃねえ」
オンガの太い腕に抱え上げられて、リンファスももう何処にも逃げられない。
三人の花乙女は、鉄の扉の向こうに閉じ込められた。