途中、いろんな町の宿にも泊まりながら、結局一週間の時間を費やして、リンファスたちは王都・インタルに入った。王都に入るとリンファスはその圧倒的な街の佇まいに威圧された。

村ではオファンズの家にしか使われていなかった煉瓦や漆喰の建物ばかりが並び、道は石畳で舗装されていて、常に砂ぼこりにまみれていたリンファスにとっては、この街は異世界だった。
勿論往来する馬車の多さ、人の多さも言わずもがなだ。

「基本的に、花乙女たちは宿舎で過ごすの。外に出るときは誰かと一緒の時だけね」

「自由に出来ない……って言うことですね……?」

リンファスはこの前の夜のことを思い出す。一人で夜の空を眺めようとしたら、人さらいに会いかけた。
男はリンファスを『花乙女』だと言って攫おうとしたのだから、やはり理由はそれだろう。

「そうね……。少し窮屈に感じるかもしれないけど我慢して頂戴。国の安寧を守るための花乙女が誘拐されるという話も、なくはないのよ」

誘拐……。

現実にそれに遭いかけたリンファスは、背筋を凍らせるしかない。誘拐して……、それからどうするのだろう……? 
国に身代金を要求するのだろうか……? リンファスの疑問はハンナの言葉に、そこで途切れる。

「そうならないためにも、決して一人で外に出ては駄目よ」

「はい……」

ウエルトの村は、貧しかったが危険なことは何もなかった。振り返るとリンファスの居場所はなかったけど、それだけ平和だったという事だ。
リンファスは、この選択が既に間違いだったのではないか、と思い始めていた。

やがて馬車が白い壁に赤茶色の屋根が続く住宅街の一角にたどり着く。

庭が広いその白い建物は高い門構えの玄関と槍のようなデザインのフェンスに囲まれており、中の建物は二階建ての大きな建物で、二階部分には三つの小さな尖塔が立っており窓が沢山あった。

勿論リンファスの家よりも見上げるほど大きくて、リンファスはぽかんとその建物を見つめた。
建物の東側の庭には見たことのない紫色の花が咲き乱れていて、ますますウエルトの村とは違ったところに来たのだと実感する。

馬車からハンナが降りる。リンファスも倣って降りた。そこここで人がたむろしてリンファスたちの方を見ていた。

……なんだか見世物小屋の見世物になっているようだった。

居心地悪く馬車を降りると、ロレシオは空になったフェートンを片付けるために馬を繋いだまま建物の陰へと消えていった。ぼうっとロレシオの様子を見送っているとハンナが門の門扉をギッと開いた。

「さあ、リンファス・フォルジェ。ようこそ、花乙女の館へ」

ハンナがにっこり笑う。

リンファスは緊張からごくりと喉を鳴らした。