「リンファス!」

大声でリンファスを呼んだのはファトマルだった。別れた頃よりいくらかまともな服を着て、箱馬車から降りてきた。

「父さん!?」

驚きでリンファスが立ち止まると、ファトマルはリンファスをしげしげと眺め、これが花乙女か、と口の端を上げた。

「人間に花が咲くなんて信じちゃいなかったが、こうなると俺にもまだ運がある」

何のことだろう。疑問に思っていると、ファトマルはリンファスの腕を引いてリンファスを箱馬車に乗せた。
いきなりのことでリンファスが何も言えないでいると、ファトマルが言葉を続けた。

「貰った金は使いきっちまった。お前は俺の為に尽くすよな?」

据わった目付きで言われて、過去の暴力を思い出す。青ざめて無言のリンファスに、ファトマルは言った。

「世の中にはお前みたいなやつでも見て楽しむって言う奇特な人間が居るらしい。
お前は俺の子供だ。俺が子供を働きに出したって、何の問題もないだろう?」

走り出しガタガタと揺れる馬車の中で、ファトマルがリンファスを睨みつける。
リンファスはファトマルに何も言えなかった。ファトマルが親であることは間違いないのだから、言い返す言葉もなかったのだ。

「お前は本当だったら、今でもウエルトで畑仕事をしてたかもしれないんだ。それを思ったら、次の仕事先はずいぶん楽なはずだ。文句は言わせねえ」

フン、と息を吐いたファトマルのそれが酒臭い。ファトマルが何を考えているのか分からなくて、リンファスは震えるしかなかった。






蒼い花を追って馬を走らせたが、途中で花がなくなっていて、ロレシオはリンファスの行方を見失った。
丁度花が途切れた辺りに散らばる花が多かったので、此処でファトマルと会ったのではないかと推測する。
ファトマルがリンファスを連れて行ったのなら、此処での目撃情報を集めた方が良いと判断した。

周囲に居た人に手あたり次第聞いて回ると、黒い箱馬車に花乙女が乗って、南の方へ行ったという情報は割と直ぐ入手できた。
南へ伸びる大きな街道は海沿いまでつながっている。ウエルトの村はインタルから東の方だから、ファトマルは地元へ帰っているわけではないのだと分かる。

ロレシオはファトマルの顔を知らない。罪人であれば捜索状を書けるが、ファトマルの目的が分からない。
村の仕事を手伝わせるなら南に行かないだろうし、ファトマルは貧しい生活をしていた筈だから、大陸の地理に詳しいわけでもないだろう。

アディアの中でも南の方は治安が悪い。その治安の悪い所へ、地理に詳しくないファトマルが向かっているのには何かの目的があって南へ向かっているのだと判断して、不安がよぎった。

更にロレシオが王都の警備隊で得た情報では、同行していた御者がハティ男爵家から報告が上がっている海賊の一員だということが分かって、最悪の事態を想定する。
どうか何事もなく、と思わずにはいられない。

「ハンナ!」

インタルで唯一ファトマルの顔を知っているハンナにファトマルの特徴を聞こうと、ハンナに会いに来た。
丁度これから次の花乙女を探しに出るところで、ケイトと打ち合わせをしていた。ハンナは突然花乙女の宿舎を訪れたロレシオに驚いていた。

「どうされたのです、血相を変えて」

「リンファスが父親に連れ去られた!」

ロレシオが言うと、ハンナはさっと顔色を変えた。

「村へ連れ戻しに!? リンファスは最近花が咲いてきたところだとケイトから聞いたばかりなのに……」

「いや、村には戻ってないと思う。父親とリンファスを乗せた馬車は南へ街道を下っていくのをその場にいた人たちが見ている。
どういう目的か分からないが、最悪のことを考えなければならない」

「南……。……海ですか!?」

「ああ。海に出られるとまずいことになる」