「リンファス……。今日もネックレスを着けてくれたんだね、嬉しいよ」
喜びの口の形で愛の言葉を続けようとするロレシオを前に、リンファスは疑問をぶつけた。
「ロレシオ……、今日はハンカチーフを持っていないの……?」
この前は胸に挿してくれたのに、今日は差してなかった。
「ああ、君からの大切な贈り物だから、無くさないようにジュエルボックスに大切に仕舞ってある。毎晩眺めているよ」
嘘だ。この前知らないイヴラが茶話会で胸に挿していた。
リンファスはロレシオを糾弾したい気持ちを抑えて、もう一つの疑問をぶつけた。
「……さっき、……サラティアナと話したの……。私が貴方に相応しくないって、サラティアナは言ってたわ……。どういうこと……? 私、訳が分からないわ……」
ロレシオはリンファスの言葉を聞くと、口許をこわばらせた。何かリンファスに言いたくないことがあるんだ。そう分かった。
「私に話してないことがあるのね? 話して。
人と話さなければ、自分のことを分かってもらえないし、愛してももらえない、ってプルネルが言ってたわ。
貴方を分かっていないから……、知らないことがあることが相応しくないことに繋がるなら、ちゃんと教えて欲しいの……」
リンファスは薄暗がりの中でロレシオの目を見て言った。
……しかし視線は逸らされた。ロレシオが顔を背けたのだ。
ロレシオが手で顔を覆う。手の隙間から零れ出たのは、震えた声だった。
「聞かないでくれ……。聞いたら君も僕を裏切るだろう……?」
裏切るだって!? リンファスは生まれてから一度だって誰かを裏切ったことはない。そんなことをすることすら考え付かなかった。
ロレシオはリンファスにとって特別な恩人であり友人だ。
ロレシオに愛されるなら、ロレシオを愛せたら良い。そうまで思ったのに、ロレシオはリンファスが自分を裏切ると疑っているなんて……!!
「じゃあ、私は虚構の貴方を愛さなければいけないの? それを貴方は真実(ほんとう)の愛だと思うの!?」
「リンファス!!」
ロレシオの叫びにリンファスは黙る。ぽとり、と一つ、蒼い花が落ちた。根元から落ちた花の後にまた蒼い花が咲く。
「……リンファス、お願いだ……。僕を愛して……。僕を、見捨てないでくれ……」
悲哀に満ちた言葉は幼い子供のようだった。愛情に飢えて飢えて、でも与えられなかった子供……。
しかし、リンファスはロレシオの母親じゃないし、アスナイヌトでもないリンファスは、無償の愛を知らない。
ロレシオのすべてを知らないからこそ知りたいと思うことが、どうしていけないのだろう。
リンファスはぽろり、と涙を零した。
「どうして……、どうして知りたいと思うことがいけないの……。貴方を知って……、愛せたら良かったのに……」
ぽとりと花が落ちる。花が咲く。
落ちては咲き、また落ちては咲く。
咲いては落ちる蒼の花を見て、ロレシオは辛そうにリンファスから目を背けてその場を去った。
リンファスは庭の中央に蒼いじゅうたんを敷き詰めるようにして花を着けては落とすを繰り返し、プルネルが探しに来るまでその場で泣き崩れていた……。
「花が着くことが彼の心じゃない。信じてあげれば良いのに」
プルネルはそう言ってリンファスを慰めた。でも出来ないのだ。
ケイトに言わせてみるとファトマルはリンファスを愛さない酷い親だった。しかし一方でリンファスに嘘を吐くことはなかった。
博打に行くことも幼い頃から告げられていたし、機嫌が悪いことを隠すこともなかった。リンファスに対して素直な父親だったのだ。
嘘を吐かれたことも、隠し事をされたこともないリンファスにとって、ロレシオの行為は彼を信じることを難しくさせていた。
「ロレシオの気持ちを信じてないわけじゃないの……。誠実で居て欲しいだけなのよ……」
ぽろぽろと涙を零すリンファスを、プルネルは根気よく慰めてくれた。
きっと何か事情があるのだろう、それを知らせる時期ではなかっただけかもしれない。
彼も今夜のことを憂いて態度を変えるかもしれないから、今度彼から連絡があったら是非話し合ってみると良い、と助言を受けた。
「お互いを知るには話さないと始まらないし、信頼も愛情も、そこから生まれるわ」
尤もだと思った。リンファスは頷いて顔を上げたが、蒼い花が落ちては咲く現象は治らなかった。
喜びの口の形で愛の言葉を続けようとするロレシオを前に、リンファスは疑問をぶつけた。
「ロレシオ……、今日はハンカチーフを持っていないの……?」
この前は胸に挿してくれたのに、今日は差してなかった。
「ああ、君からの大切な贈り物だから、無くさないようにジュエルボックスに大切に仕舞ってある。毎晩眺めているよ」
嘘だ。この前知らないイヴラが茶話会で胸に挿していた。
リンファスはロレシオを糾弾したい気持ちを抑えて、もう一つの疑問をぶつけた。
「……さっき、……サラティアナと話したの……。私が貴方に相応しくないって、サラティアナは言ってたわ……。どういうこと……? 私、訳が分からないわ……」
ロレシオはリンファスの言葉を聞くと、口許をこわばらせた。何かリンファスに言いたくないことがあるんだ。そう分かった。
「私に話してないことがあるのね? 話して。
人と話さなければ、自分のことを分かってもらえないし、愛してももらえない、ってプルネルが言ってたわ。
貴方を分かっていないから……、知らないことがあることが相応しくないことに繋がるなら、ちゃんと教えて欲しいの……」
リンファスは薄暗がりの中でロレシオの目を見て言った。
……しかし視線は逸らされた。ロレシオが顔を背けたのだ。
ロレシオが手で顔を覆う。手の隙間から零れ出たのは、震えた声だった。
「聞かないでくれ……。聞いたら君も僕を裏切るだろう……?」
裏切るだって!? リンファスは生まれてから一度だって誰かを裏切ったことはない。そんなことをすることすら考え付かなかった。
ロレシオはリンファスにとって特別な恩人であり友人だ。
ロレシオに愛されるなら、ロレシオを愛せたら良い。そうまで思ったのに、ロレシオはリンファスが自分を裏切ると疑っているなんて……!!
「じゃあ、私は虚構の貴方を愛さなければいけないの? それを貴方は真実(ほんとう)の愛だと思うの!?」
「リンファス!!」
ロレシオの叫びにリンファスは黙る。ぽとり、と一つ、蒼い花が落ちた。根元から落ちた花の後にまた蒼い花が咲く。
「……リンファス、お願いだ……。僕を愛して……。僕を、見捨てないでくれ……」
悲哀に満ちた言葉は幼い子供のようだった。愛情に飢えて飢えて、でも与えられなかった子供……。
しかし、リンファスはロレシオの母親じゃないし、アスナイヌトでもないリンファスは、無償の愛を知らない。
ロレシオのすべてを知らないからこそ知りたいと思うことが、どうしていけないのだろう。
リンファスはぽろり、と涙を零した。
「どうして……、どうして知りたいと思うことがいけないの……。貴方を知って……、愛せたら良かったのに……」
ぽとりと花が落ちる。花が咲く。
落ちては咲き、また落ちては咲く。
咲いては落ちる蒼の花を見て、ロレシオは辛そうにリンファスから目を背けてその場を去った。
リンファスは庭の中央に蒼いじゅうたんを敷き詰めるようにして花を着けては落とすを繰り返し、プルネルが探しに来るまでその場で泣き崩れていた……。
「花が着くことが彼の心じゃない。信じてあげれば良いのに」
プルネルはそう言ってリンファスを慰めた。でも出来ないのだ。
ケイトに言わせてみるとファトマルはリンファスを愛さない酷い親だった。しかし一方でリンファスに嘘を吐くことはなかった。
博打に行くことも幼い頃から告げられていたし、機嫌が悪いことを隠すこともなかった。リンファスに対して素直な父親だったのだ。
嘘を吐かれたことも、隠し事をされたこともないリンファスにとって、ロレシオの行為は彼を信じることを難しくさせていた。
「ロレシオの気持ちを信じてないわけじゃないの……。誠実で居て欲しいだけなのよ……」
ぽろぽろと涙を零すリンファスを、プルネルは根気よく慰めてくれた。
きっと何か事情があるのだろう、それを知らせる時期ではなかっただけかもしれない。
彼も今夜のことを憂いて態度を変えるかもしれないから、今度彼から連絡があったら是非話し合ってみると良い、と助言を受けた。
「お互いを知るには話さないと始まらないし、信頼も愛情も、そこから生まれるわ」
尤もだと思った。リンファスは頷いて顔を上げたが、蒼い花が落ちては咲く現象は治らなかった。