(いずれ来る時が今来たということか……)

ロレシオは月明かりの許、宿舎に帰っていた。
何時までもこんなことが続けられるとは思っていなかった。
光を避けていては、想いを交わし合ったとしてもいずれ訝しがられると思っていた。
リンファスに蒼の花が咲き乱れれば、あるいは、とは思ったが、そうもいかなかった。

(……僕は、誰からも愛されない運命にあるのか……)

期待なんて、とうの昔に捨て去っていた筈だった。
リンファスと出会って生まれ変わったつもりでも、成りまで変わるわけじゃない。
アンヴァ公爵が言っていたように、花となれば美しい色合いでも、目となればその印象はがらりと変わるだろう。
リンファスに真実の姿を見せて、奇異の目で見られるのは辛い。

……咲いた花に宿った気持ちは本物なのに……。

ロレシオは机に載せた青い花の刺繍を見つめて、苦悩の表情を浮かべた。

コンコン。

まだ他のイヴラたちが舞踏会会場から帰っていないこの時間に館に居るのは一人、寮父のハラントしかいない。
ドアを開けると、白い封筒を持ったハラントが立っていた。

「ロレシオ。お前さんに手紙だ。出掛けるときは儂に連絡を忘れんでくれよ」

ロレシオは頷いて手紙を受け取ると、ドアを閉めた。
届けてくれた手紙の封を切ると、それはセルジュからの手紙で、アンヴァ公爵が夜会にロレシオを招待したいと言っている旨が書かれていた。

カタリアナの弟であるセルジュ・コレットの家は、商家の事業であるアディアの南の海域での交易が、その拠点をアダルシャーンの南東域の海に持つ海賊の台頭によって失速したため財政が豊かではなく、アンヴァ公爵に援助してもらっている関係で、彼の頼みを断れない。

ロレシオも身内の顔に泥を塗る訳にもいかず、こうして時々公爵と叔父に呼び出されていた。
アンヴァ公爵は奇跡の花乙女であるサラティアナを何としても自分の地位向上のために活かしたいらしく、サラティアナにロレシオの花が咲いていないのに諦めない。

それほど地位と権力が欲しいなら、いっそのこと自分の身分をくれてやりたい気持ちにもなるが、人と心を通わせることを知ったうえで政(まつりごと)を司るものとして、王家はイヴラを生み出し続けているのだとロレシオは知っている。だから。

(リンファスに愛されたら、僕はどんなに幸せだろうか……)

自分を初めて受け入れてくれた人。
彼女の手を取り、陽の下で堂々と求婚出来たらどんなにか良いだろう。

しかし。

(……結局僕は、弱い者だったんだ……)

リンファスを信じきれなかった。


唯一心を寄せた彼女に奇異の目で見られることを、恐れてしまったのだ……。