次の舞踏会の日。リンファスは広間で音楽が掛かると直ぐに庭に出た。
ロレシオはどうしてか、庭を好む。
彼の好みに口出しはすまいと思っても、一度で良いから明るい所でロレシオの瞳を見つめてみたかった。
そう出来たら、リンファスへの気持ちの理由がはっきりとわかるのではないかという期待と胸の花が示す気持ちを確かめたいという欲望が満たされる。
今までの生活で一度だって多くを望んだことはない。一度満たされればきっとリンファスは満足できるはずだ。
だから一度でいい。明るい所でロレシオと会いたかった。
さらりと夜風がリンファスの髪を攫う。
ドレスのスカートが膨らむのを手で押さえると、庭の奥からロレシオが現れた。
「やあ、リンファス。会いたかったよ」
暗闇に浮かぶロレシオの姿は、何時ものフードマントを身に纏っていなかった。
月明かりがロレシオをほのかに照らし、その淡い金色の髪を、漸くまじまじと見ることが出来た。
思っていた通り、細く筋を描く金の髪は黄色の刺繍糸よりも滑らかで、月の灯りを弾いていた。
初めて陰にならずに見つめることが出来た瞳は奥深く濃い色をしており、黒のようにも、藍のようにも見えた。
今までフードで隠されていたロレシオのすべてに触れたような気持ちになって、リンファスはドレスをつまんで駆け寄った。
「ロレシオ……! 私も会いたかったわ!」
リンファスが駆け寄ると、ロレシオは差し出したリンファスの手を受け止めてくれた。そして嬉しそうにこう言った。
「ネックレス、とてもよく似合っている。着けてもらえてうれしいよ」
「ロレシオ、私もとても嬉しかったの。私、こんな素敵な『贈り物』を頂いて、とても嬉しくて、幸せになれたわ。
だから私にとっても、貴方のことが『特別』だと分かって欲しくて、貴方に贈り物をしたいの……」
リンファスは持って来た青い花の刺繍を施したハンカチーフをロレシオの前に差し出した。
ロレシオは月の灯りに浮かぶまつげを揺らして瞬きをすると、口許に微笑みを浮かべた。
「これは、僕の花だね? 君が刺してくれたの?」
「そうよ。私の気持ち。……受け取ってくれる?」
プルネルに菫の刺繍を手渡した時も思ったけど、自分の気持ちを差し出す時は、どうしてもこんな風にどきどきする。今までさんざんお前なんて要らないと言われ続けてきたからだ。
でも、プルネルもロレシオも、リンファスに花をくれた。
そして、その気持ちを受け取って同じだけ気持ちを返すことは、決して嫌がられることではないと、プルネルは行動で示してくれた。だから。
「ありがとう。喜んで受け取るよ。君の気持ちだ、大切にする」
そう言ってロレシオが刺繍を受け取ってくれて、その気持ちがリンファスに循環する。
ああ、今、とてつもなく幸せだ。満ち足りた気持ちだ。
「ロレシオ、ありがとう。私いま、とても幸せよ」
そう言うとロレシオが笑った。
「そうかい? 僕もだ。だって、君が僕の花を咲かせてくれただけじゃなく、贈り物までしてくれるなんてね」
そう言ってロレシオはハンカチーフを胸に挿した。そしてリンファスの目の前で恭しくお辞儀をする。
「レディ。僕と一曲、踊って頂けますか?」
「ええ、ロレシオ。喜んで」
リンファスは微笑んで差し出された手に手を乗せた。そのまま緩く握られ、曲に合わせてリードされる。
カーニバルのダンスと違い、ゆったりとした音楽が零れ聞こえる庭で、緩やかに空気を揺らして二人で舞う。
庭の花々が香り立ち、月光を浴びてきらきらと輝く。
リンファスは体の内から込み上げる甘い幸福感に酔いしれながら、ゆっくりとステップを踏んだ。
一歩、二歩。ステップを踏むたびにリンファスのドレスに蒼い花が着き、花弁をほわりと解き、開いていく。
美しい八重の花弁がひらひらと踊る。リンファスは、自分の身に起こっていることを、驚きをもって受け止めていた。