「……? なに? ロレシオ」

「君の瞳に映えるように市で選んだんだ。着けていてくれると嬉しい」

ロレシオはそう言って微笑むと、リンファスの左手を取り、恭しく持ち上げて手の甲にキスをした。
そんなことをされるのは生まれて初めてで、リンファスの胸はどきりと弾んだが、村での子供たちのことを思い出して寂しい思いが心をよぎった。
俯く首に揺れた鎖がしゃら、と音を立てる。

「……私は今、村に居た頃よりも恵まれているわ……」

リンファスは口を開いた。

「住む場所も、食べるものも、勿論着る物にも困ってない。……なのに貴方には、私が施しを受けなければならない程、貧しく見えたの……?」

村で食べるに困っていた子供たちはリンファスの他にも居た。
そういう子供たちは少しでも食べ物を持っていそうな大人に物乞いをして施しを受けていた。今のリンファスは、そんな子供のように見えたのだろうか……。

幸せだった気持ちが一気に突き落とされる。
インタルに来てから感じなくなっていた、『惨めだ』という気持ちが、リンファスの心を満たした。
悔しくてスカートをぎゅっと握る。ロレシオはリンファスの肩にやさしく手を置いた。

「リンファス……」

リンファスの名を呼んだロレシオの声は『憐み』とは遠い音だった。とてもとても、慈しみに満ちていた。

「君を誤解させたのなら、先ず謝らせてくれ。僕は君に施しを与えようと思ったんじゃない。これは君を想う、僕の気持ちだと思ってくれないか?」

ロレシオの……、気持ち……? リンファスは分からなくて首を傾げた。

「今日一日、僕は君に喜んでもらうことばかり考えていたんだ。
一緒にテントを回ったこと、炎を囲んで跳ねるように踊ったこと。君が喜んでくれて、僕はとても嬉しかった。
だから、今日の終わりに僕が君に贈り物をしたら、君がもっと喜んではくれないだろうかと、ずっとそんなことを考えて帰って来た。
僕は今、君のことを『特別』だと感じるよ。僕に二度目の生を与えてくれて、僕にこんな感動を覚えさせてくれた君のことを、本当にそう思うんだ」

花乙女の宿舎から届く室内の灯りが、瞬きをしたロレシオのまつげを縁取った。それがゆっくり伏せられて。

ロレシオの唇が、リンファスの額に軽く触れた。

ぽうと体が熱くなると、ふわり、と胸に花が咲く。多弁の、それ。

ロレシオが唇を笑みの形にして、その花を見た。

「やあ、咲いたね。僕の花」

花に語り掛けるその声は喜びに満ちていて。

「また君と夜の庭で踊れるのを楽しみにしている。今日はありがとう」

そう言ってロレシオはリンファスを送り届けた。門を入って玄関の前で、ロレシオの影が隣のイヴラの館に入っていくのをぼうっと見守ってしまう。

(ロレシオ……)

リンファスは、いま揺れた心の向きをどう表現したら良いか分からなかった……。









後日の茶話会の時に、プルネルはリンファスが贈ったハンカチを持って出席してくれた。
それが嬉しかった一方で、ロレシオの姿を探したが見当たらなかった。ロレシオに贈ってもらったネックレスを着けて参加したから、陽の下で似合うかどうかを見て欲しかった。それに……。

何時もフードの陰から流れ出ている淡い金の髪を陽の日差しがあるところで見たらさぞかしきれいだろうと思うので、その二つが残念だった。