「嬢ちゃんは肌が白いから、『海の涙』が似合うと思うよ。この辺りの簪なんかは王都の宮殿に出入りするご婦人方の好みの細工を工夫して作ったんだ。
垂れ下がる硝子と『海の涙』が動くたびに揺れて、ダンスを踊ったらきっときれいだよ」
見せられた簪の白い石は、確かに美しい白に輝く流線状の模様が浮かび上がっていて、その模様がランタンの灯りに慎ましやかな光を放っていた。
「これは、海の貝から採れる宝石なんだ。コラリウムと言ってね、こんなに大粒のものは宮殿に居るご婦人でも持っていないだろうよ」
熱心に勧めてくる店主には悪いが、宝石はまるで分からないし、舞踏会に着けていくならプルネルとお揃いのリボンがあるから、あれで良い。
どうやって断ろうかと思案していると、ロレシオが品を見て、しかし、これらの簪では、彼女の長い髪を纏めるのには小さすぎる、と助言を出してくれた。
「じゃ、じゃあ、旦那。こっちのネックレスはどうだい。大陸の南西の山脈でしか採れない、貴重な石だ。
コラリウム程数がないから、今ここで見せてやれるだけでも奇跡だよ」
「生憎、そんな貴重なものを買えるほどの大金を持ち合わせていなくてね」
ロレシオは店主からリンファスを庇うと、実にスマートに店頭からリンファスを攫ってくれた。
宝石売りのテントから少し距離が出来たことで、ほっと息を吐く。ウエルトでは売る側だったが、ああやって熱心に勧められると、どう対応して良いか分からなかった。
ロレシオが一緒に居てくれて良かったと思う。
「ありがとう、ロレシオ……。実は、どうやってご遠慮しようかと困っていたの」
「これだけ盛大なカーニバルになると、人の往来も多くて、それだけ店は売り上げを期待する。
君が上手く立ち回れない時は僕がきちんとフォローしてあげるから、君は気にせずテントを見ていくと良い」
「ありがとう。でも正直、自分のものは良く分からないし、それだったらプルネルにこのカーニバルのお土産話を持って帰った方が、後で楽しいわ」
「それは良い心掛けだ。君の友達も、きっと楽しく話を聞くだろうね。
王都の外れまで出掛ける花乙女はまず居ないだろう。カーニバルも一過性なものだし、珍しい土産話になることは間違いないと思うよ」
「そうね」
プルネルと一緒に微笑みあう時間を思って、リンファスも笑みを浮かべる。隣を歩くロレシオがリンファスの手を取った。
「? ロレシオ?」
「人が多い。中央の広場ではこのあと炎を囲んで踊るそうだ。君も踊るんだろう? その時にはぐれていたらいけない」
「……そうね。……そうだけど……」
迷わないためになら、こんなに強く手を握る必要があるだろうか?
リンファスの手をあたたかく包み、力強く握るロレシオに、戸惑いを覚える。
リンファスの手は雑事で荒れていて握り心地も悪いだろうし、ロレシオのささくれ一本ない手が傷付いてしまわないか心配だ。
それに。
(……なんだか不思議。お腹の底が落ち着かない……)
むずむず、ざわざわ。
例えて言うなら、周りの喧騒の響きがそのまま体の中で木霊しているような、そんな感覚。
賑やかで高揚した雰囲気の声、声、声。それらが響いて、体の中を巡っている。
むずむず、ざわざわ。
手を引かれて、歩いていく。
背の高いロレシオを仰ぎ見ると、祭で楽しいのか口元に笑みが浮かんでいて、リンファスの不思議な感覚はリンファスだけのものなのだと分かる。
(おかしいわ……。さっきまでうきうきしてたのに、それが何処かに行っちゃった……)
こんな風に気遣ってもらう体験を、今までしたことがない。
プルネルに手を重ねられた時はその同じ大きさのあたたかみが嬉しかったのに、今、大きな手に手を包まれてしまって、それどころではなくなってしまった。
むずむず、ざわざわ。
なんだかロレシオが大きく見える。勿論最初に会った時から背は高くて体躯も逞しくバランスの取れた体つきだと思っていたけれど。
そういう事ではなく、存在が大きく見える。急に視界の中がロレシオだけになる。
垂れ下がる硝子と『海の涙』が動くたびに揺れて、ダンスを踊ったらきっときれいだよ」
見せられた簪の白い石は、確かに美しい白に輝く流線状の模様が浮かび上がっていて、その模様がランタンの灯りに慎ましやかな光を放っていた。
「これは、海の貝から採れる宝石なんだ。コラリウムと言ってね、こんなに大粒のものは宮殿に居るご婦人でも持っていないだろうよ」
熱心に勧めてくる店主には悪いが、宝石はまるで分からないし、舞踏会に着けていくならプルネルとお揃いのリボンがあるから、あれで良い。
どうやって断ろうかと思案していると、ロレシオが品を見て、しかし、これらの簪では、彼女の長い髪を纏めるのには小さすぎる、と助言を出してくれた。
「じゃ、じゃあ、旦那。こっちのネックレスはどうだい。大陸の南西の山脈でしか採れない、貴重な石だ。
コラリウム程数がないから、今ここで見せてやれるだけでも奇跡だよ」
「生憎、そんな貴重なものを買えるほどの大金を持ち合わせていなくてね」
ロレシオは店主からリンファスを庇うと、実にスマートに店頭からリンファスを攫ってくれた。
宝石売りのテントから少し距離が出来たことで、ほっと息を吐く。ウエルトでは売る側だったが、ああやって熱心に勧められると、どう対応して良いか分からなかった。
ロレシオが一緒に居てくれて良かったと思う。
「ありがとう、ロレシオ……。実は、どうやってご遠慮しようかと困っていたの」
「これだけ盛大なカーニバルになると、人の往来も多くて、それだけ店は売り上げを期待する。
君が上手く立ち回れない時は僕がきちんとフォローしてあげるから、君は気にせずテントを見ていくと良い」
「ありがとう。でも正直、自分のものは良く分からないし、それだったらプルネルにこのカーニバルのお土産話を持って帰った方が、後で楽しいわ」
「それは良い心掛けだ。君の友達も、きっと楽しく話を聞くだろうね。
王都の外れまで出掛ける花乙女はまず居ないだろう。カーニバルも一過性なものだし、珍しい土産話になることは間違いないと思うよ」
「そうね」
プルネルと一緒に微笑みあう時間を思って、リンファスも笑みを浮かべる。隣を歩くロレシオがリンファスの手を取った。
「? ロレシオ?」
「人が多い。中央の広場ではこのあと炎を囲んで踊るそうだ。君も踊るんだろう? その時にはぐれていたらいけない」
「……そうね。……そうだけど……」
迷わないためになら、こんなに強く手を握る必要があるだろうか?
リンファスの手をあたたかく包み、力強く握るロレシオに、戸惑いを覚える。
リンファスの手は雑事で荒れていて握り心地も悪いだろうし、ロレシオのささくれ一本ない手が傷付いてしまわないか心配だ。
それに。
(……なんだか不思議。お腹の底が落ち着かない……)
むずむず、ざわざわ。
例えて言うなら、周りの喧騒の響きがそのまま体の中で木霊しているような、そんな感覚。
賑やかで高揚した雰囲気の声、声、声。それらが響いて、体の中を巡っている。
むずむず、ざわざわ。
手を引かれて、歩いていく。
背の高いロレシオを仰ぎ見ると、祭で楽しいのか口元に笑みが浮かんでいて、リンファスの不思議な感覚はリンファスだけのものなのだと分かる。
(おかしいわ……。さっきまでうきうきしてたのに、それが何処かに行っちゃった……)
こんな風に気遣ってもらう体験を、今までしたことがない。
プルネルに手を重ねられた時はその同じ大きさのあたたかみが嬉しかったのに、今、大きな手に手を包まれてしまって、それどころではなくなってしまった。
むずむず、ざわざわ。
なんだかロレシオが大きく見える。勿論最初に会った時から背は高くて体躯も逞しくバランスの取れた体つきだと思っていたけれど。
そういう事ではなく、存在が大きく見える。急に視界の中がロレシオだけになる。