「指についたクリームを舐めたのなんて、子供のころのお茶の時間以来だ。
これで僕たちは二人とも子供っぽいってことで、おあいこだよ」

リンファスは、ロレシオのしたことをぽかんと見ていた。
失敗すると叱られるんだ、と身に染みて知って来たリンファスの記憶をまるで刺激しない、楽しそうな声だ。

「……怒らないの……? 呆れて、しまわないの……?」

当然の疑問だった。ウエルトで誰かに手間を掛けさせたら、これだから役立たずは、と罵声が返って来た。
年相応、それ以上の働きをしなければ、見捨てられた。それなのに、リンファスに合わせて子供っぽいことを示してくれるなんて!

ロレシオはリンファスの言葉を意外だ、と言わんばかりに口許を三日月のように美しくカーブさせて、肩をすくめた。

「何故? 君と一緒に楽しめて、僕は嬉しいよ。
楽しい時は、自分の年齢(とし)も忘れて子供みたいにはしゃいでいいんだ、って君が笑って示してくれたから、僕も真似してみたんだ。
実際、子供みたいな仕草は楽しいね。しがらみが取り払われたような気分にさえなるよ」

ロレシオが抱えるしがらみとはなんだろう。

「あの……、聞いても良いかしら……?」

「? どうぞ?」

人の内側に踏み込むのは勇気が要る。しかし、リンファスの心の中に、どうしてもロレシオを理解したい、という気持ちが芽生えていた。

リンファスにこんなに親切にしてくれる理由は、彼の人生を息吹かせたからだけなのか。それが理由で、こんなにリンファスに親しくしてくれるものなのか。

友達が最近まで居なかったリンファスは、他人の気持ちを推し量ることが苦手だ。
リンファスがイヴラのように相手に花を咲かせることが出来ない以上、言葉で問わねばならなかった。

「……私、……本当に……、貴方の友達として、相応しいのかしら……。
貴方は色々なことを知っていて、私は何も知らなくて、教わるばかりよ……。
貴方にしてあげられていることなんて、『鏡』としての役割くらいしかない……。あまりにも天秤が傾きすぎているわ……。
……それを、貴方はおかしいとは思わないの……?」

常に結果を求められてきて、求めることに応じてこられなかった。
長年一緒に住んでいたファトマルの世話だって満足に出来なかったのに、最近知り合ったばかりの人に満足してもらえているとは、到底思えない。
するとロレシオは、また出たね、と口の端を上げた。

「君はインタルに来てからいろんな人の役に立っていた筈だ。それは前にも言っただろう? どうしてもそれを認められないのは、君の人生にとって、実に不幸なことだと僕は思うよ。
急がなくて良い。周りの人の言葉に耳を傾けてごらん? 誰も君を、悪く言ったりしていない筈だ。
君に感謝し、楽しい時間を過ごしていると言ってくれる筈だ。僕も同じだよ。
それは君に新しい人生を貰ったからだけじゃない。僕は、君の屈託のない笑顔に救われているんだ……。言いようのない感謝を感じているよ」

笑顔……? こんな陰気な顔の自分の笑顔だって?

「……館には、もっときれいな花乙女がいっぱいいるわ。プルネルだって、サラティアナさんだって、着いている花が負けてしまうくらい、綺麗に笑うのよ。私みたいな不景気な顔を……」

「リンファス」

如何に自分の笑った顔に価値がないか分かっていたから、それを述べようとしていたのに、ロレシオはリンファスの言葉を厳しい声で遮った。
オレンジ色のランタンの灯りに照らされた長いまつげがゆっくりと瞬きをし、リンファスをひたと見つめていることが分かる。