「わあっ! 凄い!」
リンファスはロレシオが連れてきてくれたカーニバルの様子に興奮状態になった。
軒先にランタンを灯したテントが幾筋にも伸び、多くの人で賑わっている。
陽が暮れ行く藍からピンクへのグラデーションで美しい空の下に大小のオレンジ色の光が輝き、人々が楽しそうに行き交っている。
その様子に心が躍って、昨日落ち着かないで居たことなんて忘れてしまった。
……勿論、待ち合わせの時には少し緊張したのだけど。
『リンファス、どうかしたの?』
先に楡の木の下に居たロレシオと会った時、リンファスはそう言われた。
昨夜プルネルに自然に、と言われたのに、やはりどこか緊張してしまったようだった。
『あの……、私、……村では友達が居たことがなかったから……、何を話したらいいのか……』
不安で先にそう言ってしまうと、ロレシオは、ははは、と笑った。
『言っただろう? 心を飾る言葉を、僕は信用できないと。ありのまま居てくれたら、それで良いんだ』
『……それでロレシオは、楽しめるのかしら……』
リンファスの不安に、ロレシオは明快に答えた。
『楽しいさ。僕は今、二度目の人生を歩んでいる気分だからね。
君が与えてくれた人生だ。君に感謝しこそすれ、君のことを不快に思うことはないよ。君に咲いている花が証拠だと言えば、分かりやすいかい?』
ロレシオに言われて、自分に咲いていた花を見た。確かにロレシオの花はリンファスに咲いていて、そのことがリンファスを安心させた。
『……そうね、ごめんなさい、貴方を疑うようなことを言ってしまって……。どうしても自信が持てなかったの。でももう止めるわ。貴方に失礼だから』
『そう。それでいいんだ、リンファス。僕たちは互いに友情を感じ合っている。そのことを、誇らしく思うよ』
ロレシオはそう言ってリンファスをカーニバルに誘(いざな)ってくれた。
「テントの数が凄いわね。見ているだけで楽しいわ」
「そう? だったら良かった」
リンファスとロレシオは歩きながら市を見て回った。
途中、小さな砂糖菓子を並べているテントがあって、かわいらしい花の形をしたものが什器に盛られていた。
以前ルドヴィックがサラティアナの為に買ったという花砂糖とはこういうものかな、と興味深く見た。
その並びのテントに、白くて小さいパンが売っていた。
花乙女にとって一番美味しいのは自分に咲いた愛情の花だが、一方で花乙女も人間であるので、普通の人間と同じ嗅覚・味覚は持っている。
その、リンファスの人間としての嗅覚を、パンの焼きたての香ばしい香りがいとも簡単に刺激した。
リンファスが見たことがあるパンは、どれも焼き色が付いていて表面が茶色いものだったから、真っ白いパンというのは珍しかった。
そう言う意味でも、そのテントは賑わっていた。
「さー、買って行っておくれ! 特別な製法で作った、ふわふわな真っ白いパンだ! 中には特製のクリームが入ってるよ!」
パンにクリームが入っているだって?
パンと言えばウエルトで食べていた干からびて固いパンか、インタルに来てから花が咲くまでの間に食べた、茶色い焼き目のついたパンしか食べたことがない。
どちらも勿論、パンに混ぜ物などなく、だから、クリームが入っている真っ白なパン、という紹介に、リンファスは心惹かれた。
テントの前には人が群がっていて、リンファスも人の間からテントの什器に山積みにされたパンの形を見る。
……丸っこくて、小さくて、そして何より真っ白だ。
客は次から次へとその白いパンを買い求めていて、店主が次々と紙袋に客が求めるだけの数のパンを放り込んでは渡していた。
どんな味なんだろう。そう思ったのがロレシオに伝わったのか、気になる? と尋ねられた。