「わ……、私がルドヴィックにとって、愛して幸せにする相手じゃないという理由はとてもよくわかるわ。
だって、私はこんなに痩せぎすでみっともなくって、きっと今だって、周りから見たら、貴方たちに釣り合っていないって指を指されて当たり前ですもの……。
サラティアナさんと比べるまでもないわ。分かり切ったことよ」

「リンファス。君は自分をそこまで卑下しなくても良いと思うよ。
ただ僕が、サラティアナを愛している、それだけのことなんだ。
だから、君の疑問は君を僕に置き換えてみると分かりやすいと思うよ。
君は……、僕たちには想わない何か別な感情を、もう一つの葡萄ジュースに傾けているっていう事なんじゃないのかな」

ルドヴィックたちには想わない……別な感情?

「な……、何かしら……。別な感情って……」

リンファスの戸惑いを楽しむように、ルドヴィックは笑った。

「ははは。僕と、もう一つの葡萄ジュースが花乙女だったら、君にそれを示してあげられるのにね。
こういう時に、花が咲かないっていうのは、本当に相手の気持ちを表現するのに不便だよ」

……ルドヴィックも、ロレシオと同じようなことを言う……。『鏡』で自分の姿を見られたらどんなに良いだろうかと、姿見を知った人ならみんなそう言うんだ……。
リンファスがルドヴィックの言葉にぽかんとした顔をしていると、彼は茶目っ気たっぷりに人差し指を口の前に立ててこう言った。

「しかし、花で示されないからこそ、人間の心というものは尊いんだと思うよ。
人を思い遣り、相手のことを想って自分がどう在れるかと自らに問う。
これこそ、人が複雑な想いをもって感情の糸を絡め合う、人間たる一つの理由なのではないかな」

人間である、理由……。

リンファスはルドヴィックの言葉を自分なりにかみ砕いた。

ウエルトの村では、リンファスに向けられる人々の気持ちは一辺倒だった。
それ故、リンファスもすべてを受け入れ、耐えるという事しか出来なかった。

しかしインタルに来て周りの人に少しずつ受け入れてもらって、リンファスは受け入れて、耐えるだけではない感情を知った。
それは友への気持ちを差し出すことだったり、支えてくれる大人を頼ることだったりした。
また、リンファスに向けられた言葉に俯くだけではなく返事を返すことも覚えた。
人と話して分かり合っていくうちに、『憐み』から『友情』、『友情』から『友愛』へと、与えられる感情が変化してきた。

その花を受け取って咲かせたリンファスもまた、与えられた感情を肯定し、少なくとも同じだけは返しているのではないだろうか? 
だってロレシオは、リンファスがどうして自分に対して話し掛けてくるのだろう、という疑問という『興味』を持ったら、ロレシオもまたリンファスに対して『興味』をもってくれたではないか。

花乙女とイヴラ、……つまり、人と人との間には、感情のやり取りが必ずあって、それが花の形が変わるように変化していく。
その真っただ中に、リンファスは居るのだった。
花を咲かせる側でないリンファスは、それを表す言葉を持たなければならない。

「……難しいのね……。人と話して……、分かってもらうって……。貴方たちイヴラが花乙女に花を咲かせて嬉しい気持ちが、少しだけ分かるわ……」

少なくとも、難しい言葉が要らないから……。形となって見えるから……。

今、この胸の中にあるもやもやも、花の形にしてしまえたら、どんなに分かりやすいだろう。
それを見ることが出来ないから、リンファスはもやもやと向き合わなければならなかった。



……実に、難しい問題だった。