「あ……」
私が目を覚ましたのは自室のベッドでした。
なんとか一命をとりとめたようですが、大事なお腹の子の脈動が弱まっています。
「魔術で……救命措置を……」
「いけません! まずは自己回復に魔力を費やしてください!」
医師が私を止めます。
「コレット……その……この機会にどうだ。精霊の子など……産むのをやめてしまっては……」
お父様が恐る恐るそう言います。
お父様はずっと私が精霊の子を産むのに反対でした。
娘が得体の知れないものを産もうとしている。
お父様の気持ちは分からないでもないですが、こんな突発的にお腹の子を失うなんて嫌です。
「嫌です。産みます。絶対に……」
「ありがとう、我が伴侶」
突然知らない声が部屋の中に響きました。
この世のものとは思えない不思議な反響のする声でした。
「……誰だ!?」
お父様のすぐ隣にその人はいました。
腰布だけの簡素な服装。
薄く発光する全身。
尖った耳。
緑の髪に金色の目。
「……精霊?」
「いかにも」
精霊は偉そうにうなずきました。
「我が名はアエテルニタスという。会いたかったぞ、我が伴侶……」
アエテル何さん?
「ええっと……」
困惑してしまいます。
伴侶? 誰が誰の?
「汝こそ我が種を強引に奪っていった我が初めての人……精霊は初めての者と添い遂げる……たとえそれが異種族であろうとも……」
「こ、コレット! お前そんなことをしていたのか!?」
「誤解です。お父様」
なんだか不名誉な誤解をされていますが、私は魔術の研究部屋で呪文を唱えただけです。
強引に奪ったとかそんなことは知りません。
文句なら変な研究を残したご先祖様に言ってください。
「そのお腹の子は我が子だ」
「はあ……」
精霊の子に父親がいるなんて考えたこともありませんでした。
「ずっと君を探していた……君の命の危機に、精霊の子らが父を呼び、ようやく君に会えた……さあ我と添い遂げよう」
「え、嫌です」
「え……」
精霊……長い名前は忘れたけど、アエテルさんは呆然としました。
「精霊がどうかはともかく、人間は好きな人と添い遂げるのです。私はあなたのこと別に好きではないので……」
実際は普通に政略結婚などありますが、私はそう言っておきました。
「……好きになってもらえればよいのだな。うん、何でも申せ。努力する。何か望みはあるか?」
「お腹の子を助けてください……」
無駄話をしている間に脈動は弱まりつつあります。
「当然だ。我の子でもあるのだから」
そう言うと彼はベッドに腰掛け、私の腹に手を当てました。
弱まっていた脈動が、喜ぶように跳ねまわります。
何やらわかりませんが、精霊の子はこの方の存在に喜んでいるようです。
……え? 本当にお腹の子の父親なんですか? この人……いや、精霊。
「どうだ。好きになったか?」
「あと服着てください……」
上半身裸の男性なんて恥ずかしくて、伴侶にできません。
「うーむ、分かった。精霊に服を着る習慣はなく、人里に降りるから念の為に下半身は隠してきたが、足らなかったか……」
え? 下手したら全裸でここに現れてたんですか、この人? いえ精霊。
私のお腹の子の父親はとんだ見た目の方のようです。
見た目といえば……。
「その発光してるのどうにかなりませんか?」
お父様に頭を下げて服を見繕ってもらってるアエテルさんに声をかけます。
「光ってるのも駄目か!?」
さすがのアエテルさんも注文の多さに驚愕されます。
「これは精霊の正装なのだが……駄目か……」
光るのが正装なんですね。
逆に言えば光らなくもできるんですね、ホッとします。
「……うりゃっ!」
アエテルさんはちょっと気合を入れると光るのをやめました。
お父様がお兄様のお古の私服を持ってきさせました。
なかなかに似合っています。
見た目はまあ文句のつけようがなくなってきました。
耳が尖ってるのとかは多分どうしようもないでしょうし。
それからというものアエテルさんを私の伴侶にふさわしいか見定めるため、彼は我が家に居候することになりました。
お茶を運んでくれたり、お腹をさすってくれたり、お話をしてくれたり、魔術の助手をしてくれたり……なんだか本当に伴侶のようです。
「お腹が大きくなってきたな!」
「そうかしら……?」
叔母様が妊娠したときはもう少し膨らんでいたと思うのだけれど、精霊の子は小さいのか、あんまり膨らみが目立ちません。
しかしアエテルさんは嬉しそうに私のお腹をさすっています。
「元気に小さな羽根を動かしているな! 風を感じる!」
「羽根!?」
「うん? ああ、精霊には羽根があるよ。さすがに人間界では目立つと思って仕舞ってきたが……」
「お、お気遣いどうも」
羽根も生えるんですか、この人、じゃない精霊。
「……そういえば生まれてくる子供の名前はどうする? 我の名前は人間には長すぎるようだから……コレットとアエテルニタスの子供……コエニタス? まだ長いか?」
「ふふふ」
アエテルさんの顔は本当に産まれてくる子を心待ちにする父親のそれでした。
思わず顔がほころびます。
「……アエテルさん」
「おお、どうした我が伴侶」
「ちゃんとこの子が産まれてきたら、結婚式を挙げましょう」
「…………そ、それは、つまり」
「あなたをこの子の父と認めます……私の伴侶に、なっていただけますか?」
「もちろんだとも! 我が伴侶……!」
アエテルさんが私を抱き締めました。
私も彼の背に手を回します。……この背に羽根が生えたりするのですよね……。
彼はそのまま私を高く抱き上げました。
彼の目は涙に潤んでいて、私をクルクルと抱き上げて回ります……。
「うっ」
そして私に突然の吐き気が!
「つ、つわりか!?」
慌ててアエテルさんが私を降ろし、ベッドに寝かせます。
「い、いえ、酔っただけ……?」
私の腹が薄く発光しだしました。
「なななななななんですか!?」
「落ち着け、我が伴侶! 産まれるんだ!」
「産まれるんですか! これ!」
「精霊は産まれてくるときは光り輝きながら産まれてくる! それ故に全裸で光るのが我らの正装だ!」
「なるほど! 人間界ではその正装のことは忘れてくださいね!」
人間に宿ったからでしょうか、精霊の妊娠期間も10ヶ月でした。
気付けば5ヶ月を私はアエテルさんと過ごしていたのです。
「えーっと、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……」
「なんだそれは」
「ええと、人間の出産時の呼吸法です……」
「なるほど……ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
別にアエテルさんが呼吸法をする必要はありませんが、突っ込んでいる余裕もありません。
薄かった光は最高潮の光を放っています。
「ヒッヒッフー……ヒッヒッフー……」
しかし体は特に苦しくないですね。
「産まれるぞ!」
アエテルさんが叫んだ、と同時に私のお腹から丸い拳くらいの大きさの光がぽわっとおへそを通って出てきました。
ふわふわと光は空をさまよい、そしてアエテルさんの腕の中に収まりました。
よく目をこらすとそこには人間の子供より小さな羽根の生えた精霊が確かにいました。
「ああ……」
産まれたのです。私の子供。
精霊の子にしてアエテルニタスとコレットの子。
「かわいいなあ……」
アエテルさんが目を細めて、光り輝くその子を眺めます。
「ほら、我が伴侶、我が子だ。君によく似てかわいいよ」
アエテルさんが子供の顔を見えやすいように傾けてくれました。
なるほど顔立ちは私に似ている気もします。
髪の色と目の色、発光しているところなんかはアエテルさん似です。
「お母さんですよー」
我が子に声をかけると「んーんー」と泣き声のような声が返ってきます。
「かわいい……」
正直に言えば、不安はありました。
精霊の子供の親になんてなれるだろうか?
そういう不安は常につきまとっていました。
だけど、今こうやって我が子を見ていれば、そんな不安は風にさらわれて飛んでいきました。
赤ん坊にはアエテルさんがウェントスと名付けました。
私が目を覚ましたのは自室のベッドでした。
なんとか一命をとりとめたようですが、大事なお腹の子の脈動が弱まっています。
「魔術で……救命措置を……」
「いけません! まずは自己回復に魔力を費やしてください!」
医師が私を止めます。
「コレット……その……この機会にどうだ。精霊の子など……産むのをやめてしまっては……」
お父様が恐る恐るそう言います。
お父様はずっと私が精霊の子を産むのに反対でした。
娘が得体の知れないものを産もうとしている。
お父様の気持ちは分からないでもないですが、こんな突発的にお腹の子を失うなんて嫌です。
「嫌です。産みます。絶対に……」
「ありがとう、我が伴侶」
突然知らない声が部屋の中に響きました。
この世のものとは思えない不思議な反響のする声でした。
「……誰だ!?」
お父様のすぐ隣にその人はいました。
腰布だけの簡素な服装。
薄く発光する全身。
尖った耳。
緑の髪に金色の目。
「……精霊?」
「いかにも」
精霊は偉そうにうなずきました。
「我が名はアエテルニタスという。会いたかったぞ、我が伴侶……」
アエテル何さん?
「ええっと……」
困惑してしまいます。
伴侶? 誰が誰の?
「汝こそ我が種を強引に奪っていった我が初めての人……精霊は初めての者と添い遂げる……たとえそれが異種族であろうとも……」
「こ、コレット! お前そんなことをしていたのか!?」
「誤解です。お父様」
なんだか不名誉な誤解をされていますが、私は魔術の研究部屋で呪文を唱えただけです。
強引に奪ったとかそんなことは知りません。
文句なら変な研究を残したご先祖様に言ってください。
「そのお腹の子は我が子だ」
「はあ……」
精霊の子に父親がいるなんて考えたこともありませんでした。
「ずっと君を探していた……君の命の危機に、精霊の子らが父を呼び、ようやく君に会えた……さあ我と添い遂げよう」
「え、嫌です」
「え……」
精霊……長い名前は忘れたけど、アエテルさんは呆然としました。
「精霊がどうかはともかく、人間は好きな人と添い遂げるのです。私はあなたのこと別に好きではないので……」
実際は普通に政略結婚などありますが、私はそう言っておきました。
「……好きになってもらえればよいのだな。うん、何でも申せ。努力する。何か望みはあるか?」
「お腹の子を助けてください……」
無駄話をしている間に脈動は弱まりつつあります。
「当然だ。我の子でもあるのだから」
そう言うと彼はベッドに腰掛け、私の腹に手を当てました。
弱まっていた脈動が、喜ぶように跳ねまわります。
何やらわかりませんが、精霊の子はこの方の存在に喜んでいるようです。
……え? 本当にお腹の子の父親なんですか? この人……いや、精霊。
「どうだ。好きになったか?」
「あと服着てください……」
上半身裸の男性なんて恥ずかしくて、伴侶にできません。
「うーむ、分かった。精霊に服を着る習慣はなく、人里に降りるから念の為に下半身は隠してきたが、足らなかったか……」
え? 下手したら全裸でここに現れてたんですか、この人? いえ精霊。
私のお腹の子の父親はとんだ見た目の方のようです。
見た目といえば……。
「その発光してるのどうにかなりませんか?」
お父様に頭を下げて服を見繕ってもらってるアエテルさんに声をかけます。
「光ってるのも駄目か!?」
さすがのアエテルさんも注文の多さに驚愕されます。
「これは精霊の正装なのだが……駄目か……」
光るのが正装なんですね。
逆に言えば光らなくもできるんですね、ホッとします。
「……うりゃっ!」
アエテルさんはちょっと気合を入れると光るのをやめました。
お父様がお兄様のお古の私服を持ってきさせました。
なかなかに似合っています。
見た目はまあ文句のつけようがなくなってきました。
耳が尖ってるのとかは多分どうしようもないでしょうし。
それからというものアエテルさんを私の伴侶にふさわしいか見定めるため、彼は我が家に居候することになりました。
お茶を運んでくれたり、お腹をさすってくれたり、お話をしてくれたり、魔術の助手をしてくれたり……なんだか本当に伴侶のようです。
「お腹が大きくなってきたな!」
「そうかしら……?」
叔母様が妊娠したときはもう少し膨らんでいたと思うのだけれど、精霊の子は小さいのか、あんまり膨らみが目立ちません。
しかしアエテルさんは嬉しそうに私のお腹をさすっています。
「元気に小さな羽根を動かしているな! 風を感じる!」
「羽根!?」
「うん? ああ、精霊には羽根があるよ。さすがに人間界では目立つと思って仕舞ってきたが……」
「お、お気遣いどうも」
羽根も生えるんですか、この人、じゃない精霊。
「……そういえば生まれてくる子供の名前はどうする? 我の名前は人間には長すぎるようだから……コレットとアエテルニタスの子供……コエニタス? まだ長いか?」
「ふふふ」
アエテルさんの顔は本当に産まれてくる子を心待ちにする父親のそれでした。
思わず顔がほころびます。
「……アエテルさん」
「おお、どうした我が伴侶」
「ちゃんとこの子が産まれてきたら、結婚式を挙げましょう」
「…………そ、それは、つまり」
「あなたをこの子の父と認めます……私の伴侶に、なっていただけますか?」
「もちろんだとも! 我が伴侶……!」
アエテルさんが私を抱き締めました。
私も彼の背に手を回します。……この背に羽根が生えたりするのですよね……。
彼はそのまま私を高く抱き上げました。
彼の目は涙に潤んでいて、私をクルクルと抱き上げて回ります……。
「うっ」
そして私に突然の吐き気が!
「つ、つわりか!?」
慌ててアエテルさんが私を降ろし、ベッドに寝かせます。
「い、いえ、酔っただけ……?」
私の腹が薄く発光しだしました。
「なななななななんですか!?」
「落ち着け、我が伴侶! 産まれるんだ!」
「産まれるんですか! これ!」
「精霊は産まれてくるときは光り輝きながら産まれてくる! それ故に全裸で光るのが我らの正装だ!」
「なるほど! 人間界ではその正装のことは忘れてくださいね!」
人間に宿ったからでしょうか、精霊の妊娠期間も10ヶ月でした。
気付けば5ヶ月を私はアエテルさんと過ごしていたのです。
「えーっと、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……」
「なんだそれは」
「ええと、人間の出産時の呼吸法です……」
「なるほど……ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
別にアエテルさんが呼吸法をする必要はありませんが、突っ込んでいる余裕もありません。
薄かった光は最高潮の光を放っています。
「ヒッヒッフー……ヒッヒッフー……」
しかし体は特に苦しくないですね。
「産まれるぞ!」
アエテルさんが叫んだ、と同時に私のお腹から丸い拳くらいの大きさの光がぽわっとおへそを通って出てきました。
ふわふわと光は空をさまよい、そしてアエテルさんの腕の中に収まりました。
よく目をこらすとそこには人間の子供より小さな羽根の生えた精霊が確かにいました。
「ああ……」
産まれたのです。私の子供。
精霊の子にしてアエテルニタスとコレットの子。
「かわいいなあ……」
アエテルさんが目を細めて、光り輝くその子を眺めます。
「ほら、我が伴侶、我が子だ。君によく似てかわいいよ」
アエテルさんが子供の顔を見えやすいように傾けてくれました。
なるほど顔立ちは私に似ている気もします。
髪の色と目の色、発光しているところなんかはアエテルさん似です。
「お母さんですよー」
我が子に声をかけると「んーんー」と泣き声のような声が返ってきます。
「かわいい……」
正直に言えば、不安はありました。
精霊の子供の親になんてなれるだろうか?
そういう不安は常につきまとっていました。
だけど、今こうやって我が子を見ていれば、そんな不安は風にさらわれて飛んでいきました。
赤ん坊にはアエテルさんがウェントスと名付けました。