するとまた家臣が彼に話し掛けて来た。

「もうすぐ収穫祭ですが、皇子は参加されるのですか」

 毎年この時期になると、収穫された初穂を神にお供えし、五穀豊穣を感謝する収穫祭りが行われている。

「あぁ、今年は兄上が大王となって初めての収穫祭だ。俺も出るつもりでいる」

(今年は良くない事があったので、この収穫祭は問題なく行いたいものだ)

 その時部屋に別の家臣がやって来た。

瑞歯別皇子(みずはわけのおうじ)、少し宜しいでしょうか?」

(うん、何だ。こんな時に……)

「どうした、何か急用か。とりあえず中に入れ」

 その家臣はそう言われたの為、「失礼します」と言って中には入って来た。

「皇子、突然で申し訳ありません。実は近々葛城(かつらぎ)の者がこの宮に伺いたいと、先程連絡がありました」

「葛城の者?何でまた俺に」

 瑞歯別皇子は、少し不思議に思った。豪族葛城は母である磐之媛(いわのひめ)の実家の族だが。今は特に思い当たる用も浮かばない。

「それが、この度皇子が皇太子になられ、さらに収穫祭が近いのでこちらにも顔を出したいとの事です」

(なるほど。兄上に会うついでに俺の所にも来たいと言う事か)

「それで葛城の誰が来ると言うのだ」

「はい、亡き磐之媛の従姉にあたる嵯多彦(さたひこ)と言う方です」

「嵯多彦...そう言えば昔母から聞いた事があった名前だな。でも確か母親の身分が低く、本人も身分は余り高くないと聞いていたが」

 するとその家臣はさらに続けて言った。

「一応、今回は葛城の正式な使者として訪問すると伺いました」

(葛城からの?単なる使いにさせられただけかもしれんな)

「まぁ、葛城からの正式な使者として来るのであれば、断る訳にはいかないだろう。その申し出受け入れると伝えてくれ」

「皇子、分かりました。ではそのように伝えます」

 そう言ってその家臣は部屋を後にした。

(それにしても、母上が亡くなられてから、もう1年もたつのか。その間は本当にあっという間だったな。母上は、最後の最後まで父上や俺達息子達の事を心配されていた。
 父上もさすがにあの時は母上に付き添っていたし、それが母上に対する責めてもの償いだったのだろう)