「こんにちはー」
 ピンポン ピンポン――――インターホンが朝からうるさいなぁ……
俺は今、最悪な気分なんだ。昨日、片思いの女性に告白してこっぴどくふられた、世界一不幸な男なんだ。休日くらいゆっくり寝かせてほしい……若い女性の声だが、セールスか何かなのか?

 僕の名前は春日ひびき。教育学部に通う大学二年生だ。東京で一人暮らしをしている。あまりにしつこいので、インターホン越しに断るべく起き上がる。
 暖かな日差しが差し込むワンルームのインターホンのモニターまでゆっくり歩いた。セールスをお断りして、二度寝という素晴らしい世界に入ろうと計算した上での行動だった。
「はい。勧誘ならおひきとりください」

「ひびきあたしだよ。椿ばあちゃんだ」

 モニター越しには美少女が立っている。なんでその人が僕の祖母の名前を知っているのだろう? 個人情報を知られたとか? でも、あんなに若いのに……この人バイトの学生かな?

「春日ひびき二十歳。春日音といろはを両親に持つ大学二年生。祖父の名前はかなた。かなたは三年前の八月十日に亡くなる。そしてかなたの妻であるのが、椿こと、あたしだ」

「なんで……そんなことあなたが知っているのですか?」
 奇妙なホラーの世界にでも入ってしまったようで、眠気が吹き飛ぶ。春眠暁を覚えずの理論が覆されるくらい俺の背筋は凍っていた。玄関前で個人情報を話されることも怖くなってしまい、僕はその人を中に入れることにした。

「とりあえず中に入ってください」
 椿本人だとやたら主張するこの女性の目的を探らなければ……。

「これは あたしの学生時代の卒業アルバムだ」
 この人、若いのに口調が年寄りくさいな……。たしかに話し方や口調は、祖母の椿に似ている。

 そのアルバムは昭和初期のもので、古びたものだった。そこに十八歳のころの僕の祖母がいた。旧姓の草野という名字や高校の名前も聞いたことがある。その白黒写真のアルバムに映っている人は、目の前にいる女性と同一人物だった。

「ばあちゃんか? この卒業アルバムの美少女がなんでここにいるんだ?」

 ばあちゃんは美人だったらしいとは聞いていた。学生時代のアルバムを見ても 現在のアイドル級の美少女だ。しかし、僕は「現在のばあちゃん」しか知らないのだ。しかも、現代の技術で若返るなんて聞いたことはない。そんなことは不可能なのだ。

 だれかが、似た人を送り込んだとか、詐欺とか? 僕は疑いから入ってしまう癖があるのだが。

「あたしはあと三日の命なんだわ。昨日、余命一か月の命だと死神に言われたのさ。十八歳の姿になって三日生きるか 八十歳のまま一か月生きるかって選択を迫られたんだ。どうせなら三日だけでも若返らせてほしいと願ったのさ。そうしたら十八歳の肉体になったけれど、中身は八十歳ってことだ」

 たしかにこの美少女の服装は高齢者向けの地味な服で、若者が選ぶとはいいがたいセンスや色合いだった。

「見た目は十八歳。中身は八十歳ってことか? しかし三日の命という割には元気すぎるだろ?」

「あたしは、ぴんぴんころりを目指しているんでな」

 十八歳の美少女が ぴんぴんころりって……死ぬ直前までぴんぴんしていたのに急に死ぬっていう意味だよな。

「若い元気な体にしてもらったんじゃ。やはり若いと体力も気力もみなぎるわい。老眼も治って 耳が遠いのも治ったわい。足腰も全然痛くないしの」

 このセリフを十八歳の美少女が言っている違和感。中身は時々しか会わないばあちゃんだということは、なんとなくわかった。子供のころは、ばあちゃん子だったからな。最近はあまり連絡していなかったけれど。
 少し離れたところに、ばあちゃんの家があって――小さいころは両親が働いていたので 夏休みなどの長期休みや放課後は、ばあちゃんの世話になっていた。当時はじいちゃんも元気で、遊んでもらった思い出がある。

 今思うと、じいちゃんは美少女を嫁にもらったのか……。やるなぁ。僕は彼女もいないし、フラれたばかりのモテない草食系男子とでもいっておこうか。

「あたしは、東京のおしゃれなお店で洋服買ってみたいんだがのう。買い物に付き合ってほしいのじゃ」

「おしゃれな店に疎いほうだけど……」

「あたしは、大学には進学せずに結婚したからのう。大学生活も味わってみたいのう。大学を案内してくれないか?」

「ばあちゃん……知り合いに会ったらなんて紹介すればいいのか、微妙だよなぁ」

「妹とでも言っておけばいい」

 年寄りは知恵袋があるというが、普通の若い女性とは一味違う味を持っている。
 以前から色々なことに挑戦する人だとは思っていたが、同世代になると、自分との違いを見せつけられる。もう、僕のばあちゃんだと信じている自分がいた。

「家事や料理は、あたしにまかせな」

 ばあちゃんの料理は、かなりうまい。僕にとってのおふくろの味は、ばあちゃんの味だからな。東京で手料理が食べられるとは思っていなかった。自分の下手くそな料理かコンビニか学生食堂だったからな。幸い一人暮らしだし、ばあちゃんが増えても問題ないな。僕はいつのまにかこの不思議な事実を当たり前のように受け入れていた。