月美が自宅に帰ると白地にクローバーの模様の封筒が届いていた。差出人の名前を見て思わず体をこわばらせた。

「なんで――???」

 疑問符が頭を覆う。

 差出人は遠野奏《とおのかなで》。同姓同名? その名前の知人はたった一人のはずだ。彼が手紙を送るはずがない。誰かの悪質な嫌がらせかどっきりだろうか?

 私が知っているのは幼馴染の遠野奏だけ。彼は分け隔てなく誰にでも優しく接してくれる。そんな彼のことが密かに好きだった小学生時代。彼よりも心を許せる友達はいなかった。

 優しく美しい顔立ちで、甘い声が心をくすぐった。人気者の彼はなぜか私を特別扱いしてくれたように思う。個人的に放課後や休日も話すことが多く、彼の一番近くにいたと心の中で自負していた。

 でも、ありえない。何故なら――九死に一生を得た遠野奏は別人になってしまった。他人に無関心だ。目も死んでいた。だから、手紙の主が彼であるはずはないのだ。

 少し古びた封筒は時代を感じる。そして、字はまるで子供のままだ。小学生が書いた字のようだ。まさか、タイムスリップレター?

 あるはずもないけれど、ドキドキしながら手紙を開ける。
 奏本人の字だ!!
 彼をよく知る月美が直感で本人直筆だと感じるのだから間違いはない。
 緊張マックス状態で手紙を開く。すると――

『月美ちゃんへ 久しぶりだね。ぼくは小学6年生の遠野奏だよ。びっくりしたでしょ? どんな大人になっているだろう? ずっと言えなかったことを手紙に書くよ。ぼくは君が好きだと思っている。きっと大人になって好きの形は変わっても幸せをねがっているよ。いつか伝えたいと思って手紙をかきました。 遠野奏』

 小学生の男子にしては丁寧な字体だと思う。6年生の時ならば、まだ明るい彼だったよね。でも、どうやってこの手紙が届いたのだろう? それに未来に向けた文章というような書き方だ。

 もう一枚紙が入っている。

『この手紙は6年後の大切な人に送るタイムカプセルプロジェクトです。郵便センターのほうで手紙を預かり、送付しております。差出人の住所が変わっている場合があります。住所が変わっている場合、住人が変わっている場合は郵便センターにお知らせください』

 そうか――。奏は私のためにラブレターを書いてくれたのか。大切な人だと思ってくれたのか。目頭が熱くなる。涙が自然とあふれる。ステキなサプライズ――うれしい。

 もう一枚、手紙が入っている。赤い紙に黒い文字だ。
『この手紙が届くころ――大きな地震がある。早く高台に逃げて』

 その瞬間大きく地鳴りがする。こんな音は初めてだ。大きく視界が揺れる。

 地震――!!!

 この地域は海沿いだ。高台に逃げるのは津波が来るとき。
 でも、今まで我が家は津波の被害に遭ったことはない。
 でも、この地震の規模ははじめて――ではない、これはかつて経験した大震災と同じ? それ以上かもしれない。

 はやく、避難しないと。
 避難道具を持つ。
 家を出る。
 外出している家族は無事だろうか。

 あれ、普段使っている文房具も持ってくればよかったと家に戻ろうとすると――
 誰かが手を引っ張る。

 もしかして、奏――??

 少し離れた場所には、今よりも大人になったであろう姿の青年がいた。
 優しい表情で手招きする。

 「奏……?」

 両足が不自由な様子もなく立っていた。思わず駆けよる。
 優しい美しい顔立ちは変わっていない。
 死んだ目をしていた奏ではない。
 奏は、なぜか逃げる。結構足が速い。息を切らしながら、奏を追いかける。
 高台まで来てしまった。あっ、忘れ物を取りに行かなきゃ。
 そう思い、振り返ると津波が我が家の近くに到達している。

 奏の姿を探す。しかし、いくら探しても、彼の姿はなかった。
 手紙を読み返す。しかし、2枚しかない。手紙を1枚だけ落とした記憶はない。

 どんなに探しても、3枚目の『この手紙が届くころ――大きな地震がある。早く高台に逃げて』という内容の赤い紙は何度探しても見つからなかった。

 奏が助けてくれたの? 
 ありがとう。大好きな初恋の人。そして、今も大事だよ。
 幻の手紙と大人になったであろう幻の青年、奏に助けられたらしい。

 突如緋色が現れる。相変わらず宙に浮かんでいる。
「実は――未来の奏君から依頼されて、リベンジチャンスを与えたんだ」
 緋色が説明する。
「2度目に来る大震災のリベンジチャンスを与えてほしい。萩野月美を助けてほしいと頼まれていた」
「じゃあ、奏君はリベンジチャンスを経験したということ?」

「奏君は、過去を修正して現在は元気に生きているよ。あれは、予知手紙というもので、重要なことを書く赤い紙は読んだら消えるようになっている。そして、差出人の今の姿が映されるという幻想的なアイテムさ。君は今の姿の彼を見て助かったのは事実だ」

「私だけでなく、同時に奏君もリベンジしていたの?」
「奏君は、正確に言うと3回リベンジチャンスを使った。1回目の大震災で自身が死なないようにし、2回目で自分が障害を負った事故を回避した。そして、3回目は今の手紙で君を救った」

「二人同時にリベンジすると、結構相乗効果で結果オーライということが多いんだ。君たちは強い愛情で結ばれている。会いに行ってほしい。違った未来が待っているよ。契約満了だ」
 にこりと緋色が笑う。

「もしかして、もうあなたには会えない?」
 一抹の寂しさが漂う。
「そうなるかもな。会えないかもしれないけど。幸せになってほしいと心から願うよ」
「私、少しだけど……緋色のこと……割と好きだったよ」
「ヒーローを嫌う奴なんていないだろ」
「ありがとう」
 受け入れたかのようにほほ笑む緋色。
「ありがとう、月美」

 その瞬間体が宙に浮いた感じになる。深い深い海の底から水面に向かって這い上がっていく。光がまぶしい。きっと、深い海の底から水辺に顔を出す瞬間はこんな感じかもしれない。

「ひさしぶりだな、月美」
 目の前にいるのは健康な体で小学生の頃から、変わっていない笑顔の奏君。
 大好きな人が目の前にいる。いないはずの人がいる。緋色のことも好きだったけれど、それとは別な感情が沸き上がる。自然と涙が流れる。

「ひさしぶり」
「リベンジチャンス、結構大変だったんだよ」
「あなたも緋色とリベンジしたということでいいの?」
「君と俺が頑張ったから、今がある」
「本当はみんなを救いたいよね」
「それは、ヒーローの仕事だろ」
「俺たちはとりあえず与えられた今を生きるんだよ」

 緋色の髪をなびかせて宙に浮く少年、緋色。もう会えないだろうけれど、彼は今日も誰かにリベンジチャンスを与えているのかもしれない。

 湊と月美の髪は風になびく。潮風に向かってこれからに向かう。これから、自宅の片づけなど大変なことがたくさんある。しばらく学校にはいけそうもない。でも、生きている限りリベンジはできる。