社長の洗い立てのシャツを身につけた私は、地べたの座り、出された紅茶の湯気も揺らめきを眺めるだけだった。

「久しぶり……」

その言葉がふさわしいほどに、私達は会っていなかった。

「まだ、会社の時間だろう?オフィスに来てくれるなんて驚いたよ」

念願だった彼との二人きり。手を伸ばそうとすればすぐに触れられる。
だけど、これは雨の日の紫陽花が見せた一時の夢かもしれない。
オフィスに帰ればあの女性がいる。

「嫌いになりたい」

思ったよりずっと、声になってしまった私の吐息。

「え?」
「もう、社長のこと、嫌いになってもいいですか?」

嫌いになってしまえば、寂しいことも、その後起きた会社での辛いことと、それを一人で耐え続けなくてはいけなかった虚しさ、苦しさが全て消えるような気がした。

「……何があった」
「……綺麗な人ですね」
「え?」
「オフィスにいた人」

思い当たったのか、苦い顔をした。

「もう、あの人が良いんですよね」
「ちょっと待ってくれ」
「あの人がいるから、私と連絡取れないのがむしろ都合がいいと思ってたんですよね!」

抱えていた不安、恐怖、衝撃がすべて混ざり合って、爆発したかのように、私の口から罵倒が飛び出した。

「社長は、私のこと一切気にならないから、連絡取らずにいてもなんとも思わなかったんでしょ!?」
「それは、仕事が……」
「なんで私ばっかり我慢しないといけないの!私だって、苦しかった。慣れない社会人生活で、アドバイス欲しいこともあったし……だめならせめて声だけでも聞きたかった。でも今が大事な時だって知ってたから我慢した。我慢して我慢して……なんで……私が……」

社長がどんな表情をしているか分からない。でも、もういい。

「社長、もう嫌いになってもいいですか……?」