キィと古びた木製の扉が、心地よい音と共に開くと、今日、1番始めの、お客様が来られた。

「いらっしゃいませ、ようこそ、ツナグ傘屋へ」 

梅香は、木製の丸椅子から立ち上がると、軽くお辞儀をした。

お客様は、グレーのワンピースに、黒い雨用パンプスを履かれた、50代ほどの所々白髪の混じる黒髪の女性だった。

入り口の扉を前で、少し濡れた肩をハンカチで拭っている。

「急に降り出しましたね」

梅香が、話しかけると、女性は、微笑みかえした。

「今年は、梅雨入りが早いですね……傘を持っていない時に、限って、降られてしまって」

「大丈夫ですか?」

梅香は、女性の濡れた肩を見ながら、手元のタオルを引き寄せた。

「お気遣いなく。私、元々この、雨の降るこの時期が好きなので」

「私もです。雨の日に和傘を使うと、素敵なご縁を引き寄せるそうですよ」

梅香がにこりと微笑み、そう言葉を返すと、店内の色とりどりの美しいデザインの和傘に食い入るように魅入っていた女性は、梅香を興味深そうに見た。

「ご縁を引き寄せるのですか?」

「えぇ。亡くなった母がそう言っておりました。雨は、空からの贈り物で、和傘を持つ人に不思議なご縁を、引き寄せるらしいです」

梅香の笑顔に自然と、女性も目尻に皺を寄せて笑う。

「ご縁を呼び寄せてくださるなんて……ぜひ頂きたいです。でも、綺麗な和傘ばかりで悩んでしまいますね」

「ありがとうございます」

女性は、店内をぐるりと見渡すと、右奥に吊り下げてある和傘を指差した。

「あの傘、見せて頂けますか?」

女性が、指さしたのは、淡いピンク色の紫陽花の和傘だった。

「どうぞ」

梅香から、和傘を受け取ると、女性は、姿見を見ながら、そっと和傘を開けた。淡く色づいた紫陽花の花が、天井をさっと彩る。

「ピンクの紫陽花の花言葉は、『強い愛情』です」

女性は、少しだけ目を見開くと、にこりと笑った。

「素敵な花言葉ですね。これ頂きます」

「有難う御座います。良いご縁が引き寄せられることを願っております」

梅香は、丁寧にお辞儀をして、お会計を終えた女性を見送った。