さらに驚いたことに彼は、こんな時間に店の前に立っていたわたしに不審な目を向けることなく「あなたのことでしたか」と言って微笑んだ。その声すらも、煙の中に現れた男性とそっくりだった。

「……あの、わたし、その……」

 しかし困ったことに、未だ考えはまとまらず、むしろふたりの男性の容姿が信じられないほど似ていたことで、謎が増えてしまった。
 困惑して言葉が出てこないわたしを前にしても、柔和な雰囲気を崩さない彼は、くすっと笑って口を開く。

「ほな、僕から話しても?」
「え、ええ、すみません、どうぞ……」
「……昔からよく、ある女性の夢を見ました。そのひとは煌びやかな着物を着てはって、たぶん、花街で働いてはる方やと思います」
「は、はあ……」
「僕はそういう女性に憧れているのかと思うたりもしましたが、どうも違う。僕は夢に出てくるあの女性だけが、恋しかったんです」
「はあ、はい……」
「その夢は何年も見続け、特に最近はちょっとうたた寝しただけで見てしまう。僕はどうしてしまったんやろうと、悩んでいたんですが。つい今しがた、ほんの数分うとうとしたとき、またあの女性が夢に出て来て言わはった。戸を開けてくれまへんか、と。そうして言われた通りに戸を開けたら、あなたがいました。あなたはあの女性によく似とって、驚きましたが納得しました。僕はどうやら、あなたが訪ねて来るのを、何年も前からずっと待っていたみたいです」
「……」

 突拍子もなく、にわかには信じ難い、不思議な話だった。けれどつい先ほど、焚いたお香の煙の中から、彼にそっくりな男性が現れ、ここまで誘導されて来たわたしにとっては、とても信憑性のある話でもあった。

 ともすれば不審者だと判断されてしまいそうな突拍子もない話を始めたのは、彼に確信があったからだ。わたしも「そう」だと。

 だからわたしも真っ直ぐに彼の、初めて会うのに見覚えのある顔を見つめて、大きく頷いた。

「わたしも……あなたに会うために、京都を訪れたみたいです」

 そうして何の疑問も持たずに奇妙な会話を続けていたわたしたちは、ようやく自己紹介をし、順番が違ったね、と笑い合ったのだった。




(琴音の章・了)