夜の街によく映える白い煙の後を、小走りで追う。途中少し距離が離されると、煙はわたしが追い付いてくるまで待ち、そこまで辿り着くとまた誘導を始める。それを何度か繰り返し、涙は乾き足が棒になってくる頃。
 とある家の前で、煙はすうっと、夜の闇に溶けるように消えてしまった。

 息を切らしながら、辿り着いた家を見上げる。古く、こじんまりとした瓦屋根の家。そこは古道具屋のようで、瓦の上には木製の看板が掲げられている。営業時間は終了したのか、引き戸は閉ざされカーテンが引かれている。けれど灯りが漏れているから、中には人がいるだろう。

 それが分かったとしても、訪ねていいものか。というより、今の出来事をどう説明すればいいのか。
 蔵で見つけた古い香炉でお香を焚いたら、煙の中から着物に髷の男性が現れて、促されるままここに辿り着いた、なんて。素直について来たのはわたしだけれど、にわかには信じ難い話だ。時間も時間だし泥棒か、良くても変質者だと思われてしまうのではないだろうか。それか、狐につままれたか狸に化かされたのでは、と笑われるだろう。

 どうすれば怪しく見えないか逡巡していると、カーテンが揺れ、人影が見えた。まだ考えはまとまっていない。狼狽して動けずにいるうちに、引き戸が開き、温かみのある橙色の灯りが夜道に差し込んだ。

 まずは謝罪だ、こんな時間に店の前に立っていたことを詫びて、泥棒でも変質者でもないと信じてくれるのなら、わたしが体験した奇妙な出来事を話そう。そう思って顔を上げた、瞬間。驚いた。

 そこにいたのが涼やかな目元をした、優しそうな雰囲気の男性だったからだ。先ほど煙の中に現れた男性にそっくりだ。ただし服装はごく普通のシャツだったし、髪はさっぱりとしたショートだった。