警察署での事情聴取が始まった。不愛想な警官は、あれこれ経緯を聞いて調書を埋めていくと、最後にこう言った。

「では、人間証明書を出してください」

 わたしは素直に従い、バッグを漁る。散らばった中身を急いでかき集めて突っ込んだせいでぐちゃぐちゃだったけれど、人間証明書ならバスの定期券と一緒にパスケースに入っている。が、バッグの中に、そんなものは入っていなかった。中身を全てデスクに並べ、バッグをひっくり返してみても、服のポケットを探ってみても、どこにもなかった。

 冷たく嫌な汗が、背中を伝って腰まで流れる。

 不愛想な警官はわたしの様子を静かに眺めたあと、デスクの引き出しから紙を一枚取り出し、今度はそちらに手際よく記入していく。

「人間証明書の確認が取れなかったあなたには、三日間の猶予が与えられます。三日以内に提示をしてください。これは義務です。万が一提示できなかった場合は反逆とみなし、収容所に送られます」

 そして記入した紙をわたしに差し出すと、自分はタブレット端末を操作し始める。「人間証明書提示法違反」と書かれたその紙には、わたしの名前と今日の日付、提示期限の日付が、生真面目な字で記入してあった。

 ぞっとして、身体中が震え始める。

「あ、あの……違うんです、さっきひったくり犯を捕まえたときに、バッグの中身が散らばってしまって……それで、落としたんだと思うんです……不携帯ではなく、その、は、反逆だなんて……」
「言い訳は結構。提示できなかったのは事実です。あなたはただ、三日以内に提示すればいいだけのこと」

 不愛想な警官がぴしゃりと言って、わたしはただ、頷くしかない。
 ひったくり犯をノックアウトし、人助けをして、英雄になって今日を終えるはずだった。でも、一日の終わりに起きたのは、最低最悪な事件だった。