工房に着いて、宮地さんからタッパーに入った灰を受け取ると、香椎先輩はその場で早速蓋を開けて、実際に触れて灰の粒を確認し始めた。
 その間、後ろで傍観していた私に宮地さんが小声で「悠人の奴、なにかあったのか?」とおそるおそる訊いてきた。なんて答えたらいいのか戸惑いながら、後輩の口喧嘩に巻き込まれたとだけ伝えると納得したように頷く。
「そうか……やっぱりアンタが入ってきてよかったな」
「どういう意味ですか?」
「二人とも、普段から怒るような奴らじゃないってことさ」
 宮地さんが白い歯を見せて笑うのと同時に、香椎先輩の確認が終わった。先程と比べて満足そうな顔をしている。
「ありがとう。もらっていくよ。……ところでさっきから騒がしいんだけど、何かあった?」
 先輩の視線が工房の外に向けられている。中にいるから気付かなかったけど、何やら外が騒がしい。カンカンと何かを叩く音のようだが、何かを指示する声だけでなく、工房に向かって罵詈雑言を叫ぶ声も聞こえてくる。工房に入れる資材でも届いたのかと思ったが、宮地さんが「またか……」と頭を抱えた。
「ウチの工房から少し離れた場所に(よね)(はら)さん一家が家を建てることになってな、工房の煙が風で飛んでくるから立ち退けって……」
「……なるほどな。おばちゃんのキーキー声はそのせいか」
「工事中の騒音なのにお前にはそれまで聞こえるのか。おそらくそのキーキー声は、土地を買った家族の姑さんだ。土地購入や工事に入る前に、現物の証明書を見せて工房をやっているのを伝えているし、家主の親父さんは承諾してくれたんだがな、姑さんだけが未だに納得してくれていないみたいなんだよ」
「それって不味いんじゃ……」
「ちゃんと説明しても『気難しい話をするな、お前の家が立ち退けばいい話だ』って取り合ってくれない。家族からも言ってもらっているけど、しばらくかかりそうだ。まぁ、ちゃんと理解してもらえるように頑張るよ。ここが使えなくなったら、学校も大変だろうしな」
 この工房は宮地さんだけでなく、学生も利用させてもらっている場所だ近辺に住む住民には理解してもらってはいるようだが、最初の頃はこういった嫌がらせはあったらしい。それでも宮地さんと奥さんの人柄を知った住民が協力するようになったと聞いている。
「あの、無理はしないでくださいね。最悪、警察とか……」
「分かってるって。……そうだ。忘れるところだった。これも持ってけ」
 そう言って、私に一つずつ紙に包まれた細長い棒を三本渡された。どれも持った感触は軽く、炭独特の香りが漂う。
「ベンチの残りで作ったデッサン用の木炭だ。一本ずつ持ってけ。千暁にも渡してくれよ」
「やった。ちょうど恋しくなってた頃だったんだ。ありがとう」
「わ、私も、いいんですか?」
「もちろん。使ってやってくれ」
 だってアンタも美術部だろう、と宮地さんの言葉に、香椎先輩が自慢げに鼻を鳴らした。