意味が分からない。ほくろが突然消えるなんてことはあるまいし、私は自分の目を疑った。頭の中で考えを巡らすも、ぐわんぐわんと頭痛がしてそれ以上考えられなくなった。
「どうして、ないの」
呟いても答えが返って来ることはない。
その間に映像が切り替わり、今の私とまったく同じ状況の画が画面いっぱいに映し出される。
『なにすんのよ……っ』
『君は、カナカナちゃんねるの奏ちゃんだよね?』
『だったらなに? ここはどこなの? 早く出してよ』
『いいや、出さないよ。だって僕は、君のことが憎たらしいから』
『!?』
鈍い金属音と、「奏」の悲鳴が聞こえた。
やめて。
やめてやめてやめて。
それ以上流さないで……!
それ以上、私に真実を見せないでっ。
ガタガタという震えが止まらない。私は泣きながら顔を伏せた。嫌だ。見たくない。「奏」が襲われるところを、見たくない……。
必死に目を閉じて、「奏」の悲鳴が聞こえないように祈った。
お願い、もうこんなことしないで。私が何をしたっていうの? どうしてこんなの見せられなきゃならないの? どうして「奏」を襲ったの?
頭の中にうずまく疑問は、ついに私の口から発せられることなく恐怖と共に消えていった。
「さて」
決定的な瞬間は流れないまま映像が止まりユカイが口を開く。「奏」がどうなったのかもはや聞くまでもなかった。全身が汗でびしょ濡れになり、荒い呼吸が止まらない。
「自分の未来がどうなるか分かっただろう?」
「……っ」
あまりの恐怖にもう声すら出ない。バクバクと脈打つ心臓がうるさい。
「僕はね、びっくりしたんだよ。初めて君の顔を目にしたとき、あまりにもあの時の『奏ちゃん』とそっくりだったから」
ああ、だからユカイは待ち合わせで私の顔を見た時に目を丸くしていたのだ。私と華苗は瓜二つだから、驚くのも仕方ないだろう。
「僕は『カナカナちゃんねる』を知ってたからね。二人をYouTubeで見ていたから似てるのは知っていたけど、いざ目の前にしてみると本当におんなじなんだなあって」
彼の言葉に、私は一瞬時が止まったような感覚に襲われた。
彼は今、なんて言った?
確か、「二人をYouTubeで見ていたから」——って。
私は、自分が何か大事なことを忘れているのではないかと疑い始める。
YouTubeは大学デビューで私がやりたいと言い出したことで始めたのだ。
だけど、私、一人じゃなかった。
「私は、華苗と……」
いつかの書店で華苗とYouTubeをやろうと語ったことを思い出す。
あれは、私だったの?
私が、YouTubeをやりたいと言ったんだっけ……。
それとも、華苗が?
分からない。頭がまたぐらぐらと揺れて痛い。華苗とのことを思い出そうとするとモヤがかかったようになる、いつもの現象だ。
「ああ……うう」
分からない。分からないよ。怖い。誰か助けて。
助けて、安藤くん!
なぜか彼の名前が思い浮かび、気づいたら心の底でそう叫んでいた。
錯乱状態に陥った私を見届けて、ユカイは決定的な言葉を口にする。
「ようやく自分を取り戻してきたかい? 西條華苗さん」
ガツン、と頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚える。
私、私は……西條、華苗……?
頭で分かっていることと心で感じていたことが食い違い、混乱して吐き気がこみ上げる。私は華苗。奏じゃない。私はいつから、自分のことを「奏」だと思うようになったんだろう……?
「奏……」
口にしてみれば、昔自分が同じように奏のことを呼んでいた感覚が戻って来た。そうだ、私は華苗。それなのに、自分が「奏」だと思い込んで生きてきた。「奏」が行方不明になってからずっと——。
思い返せば奏として生きてきたこの半年間の記憶が走馬灯のように蘇って来た。奏として目にした風景や友人たちと交わした言葉がデータ化されて私の脳内にインストールされていくような感覚に、身体が震えた。
「僕は知ってたよ。でも君が自分を奏だと思い込んでるようだったから、話を合わせていたんだ。さて、自分の正体を思い出したところで申し訳ないが、残念ながらもう時間だ」
ユカイが、ロープのようなものを持って私に近づいて来る。あれで私の首を締める気……?
彼の計画が分かり、再びガタガタと身体が震えだす。大声で叫んで助けを呼びたいけれど、身体が言うことを聞かない。
「さあ、もう終わりにしよう。イッツ、ショータイムだ」
ジリジリとにじり寄る彼の気配に、私は思わず目を瞑った。手も足も動かせないこの状況で、私はもう祈るしかなかった。
「命乞いもなしか。はは、いい度胸だ。さようなら、『カナカナちゃんねる』の華苗ちゃん」