「華苗、あのさ、相談があるんだけど……」
大学受験が終わり、春の暖かな陽気が日本全体を覆っていた。姉妹で憧れだった京都大学に合格し浮かれまくっていた私は、二人で京都で暮らすことを楽しみに、本屋で京都の観光雑誌を眺めていた。姉の奏が私の肩をポンポンと叩き、深刻な表情をしていた。
「なに?」
奏は姉だけれど双子なので、自分の分身みたいなものだ。一卵性で顔はそっくり。ずっと前に亡くなってしまった母親も私たちをよく間違えていた。一緒に暮らしている父でさえ、いまだに私たちを呼び間違えるから、もう間違いを訂正すらしないこともある。とにかく私たちはよく似ていた。
奏と私が違うところといえば、私の前髪の生え際のところに小さなほくろがあることだ。奏の額にはほくろがないので、前髪をあげればすぐに区別はつく。でもそのことを知っているのは家族と、二人の親友のつばきだけだった。
「私、大学では失敗したくなくて」
意を決したように、奏は両手をぎゅっと握りながら私にそう告げた。奏は楽観的な私とは正反対で、真面目で控えめな性格をしていた。馬鹿をやって怒られるのはいつも私だし、真面目で偉いねと褒められるのは決まって奏のほう。私は、「いいなーお姉ちゃんは褒められてばかりで!」と小さい頃よく拗ねていたが、今なら分かる。あっけらかんとして小さなことは気にしない私のことを、奏は羨んでいたんだろう。唇を噛みこちらをぎゅっと見つめるその瞳には大きな決意が滲んでいた。
「ねえ、大学生になったら二人で何か始めない?」
「始めるって、サークルとかボランティアとかバイトとか?」
「それもいいけれど……ううん、二人だけでできること」
奏はいつになく熱心に、私を説得しにかかってきた。要するに大学デビューを果たすのに新しいことに挑戦しようというのだ。といっても、彼女の中に何をしたいかという具体的なプランはないらしく、ぶつぶつと何か言いながら悩んでいるようだった。
「じゃあ、YouTubeは?」
二人でできることと聞いてぱっと思いついたことを、私はそのまま口にした。YouTubeという単語を聞いた奏の顔に驚きが浮かぶ。そりゃそうか。動画編集なんかやったことないし、見知らぬ誰かに自分たちのことを発信するなんてかなり勇気がいる。奏にとってはハードルが高いだろう。というか私だって、YouTubeなんて未知の世界すぎる。
やっぱり別の案を……と考え出したところで、私は強い視線を感じた。
奏が瞬きもせずに私をじっと見つめていたからだ。自分と同じ顔をした彼女に見つめられ、私はなんとも言えない気持ちで後ずさる。
「……それだ」
「え?」
「やろう、YouTube」
「……本気?」
「うん」
控えめな奏のことだから、YouTubeなんてできるのか不安だった。自分から提案しといてなんだが、彼女には難しいのではないか。
「ま、まあでも顔出しとかしなくてもできるしねっ。何する? 顔出ししないなら例えばゲーム実況とか、購入品紹介とか。いろいろあるから考えないとねー」
とっさに思いついた案を並べたが、奏は不服そうに私の意見の上からとんでもないことを被せてきた。
「するよ、顔出し」
「……は」
でも、とすぐさま否定しそうになって慌てて口をつぐんだ。奏が、切実な表情で今にも泣きそうになっていたからだ。
「私、大学生になったら華苗みたいに明るく周囲を和ませられる人間になりたいって思ってたの。だから苦手なことにも挑戦したい」
「奏……」
奏が昔から私に劣等感のようなものを抱いているのは知っていた。だけど、私だって頭が良くて大人っぽい奏のことを羨ましいと思っているのに。
まったく、隣の芝生は青いというわけね。
しかし控えめな性格だった奏がいま、ずっと折り畳んでいた羽を自ら伸ばそうとしている。上手く飛べるか分からないけれど、挑戦しようとしているんだ。だって、空から地上の景色を眺めてみたいから。
分かる。分かるよお姉ちゃん。
だって私たちは双子なんだもの。お姉ちゃんの考えてることくらい、全部分かってるよ。
「分かった。挑戦、しよう」
「ありがとう!」
花が咲いたようにぱっと笑顔になる奏。奏が笑ってくれて、ほっとしている自分がいた。
そうだ。私はずっとこうして奏に笑っていてほしい。
大人になっても二人で笑って生きていきたい。
たとえお互い誰かと結婚して子供ができても。
私たちは生まれた瞬間からつながっているんだ。
かくして私と奏は大学生になると同時にYouTuberとしての活動を始めた。「在学中にアイドルを目指す京大女子」というコンセプトだ。べつに、本気でアイドルを目指すわけではないのだが、こうやって大きなことを言った方が視聴者も増えると思ったのだ。
奏からコンセプトの話を聞いた時は驚いたけれど、生まれ変わろうといている彼女を止めることなんてできない。
これから京都でどんな日々が待ち受けているのだろう。
想像するだけでもう、ワクワクが止まらなかった——。