今までの人生で、後悔したことならたくさんある。
 勉強ばかりしていた高校時代、もっと周りのやつらと同じようにセイシュンにも目を向けていれば良かったとか。
 真奈と付き合っている頃、表面上の彼女ではなく、奥底に眠っている彼女の気持ちに気づいてあげられたら良かったとか。
 数え出したら後悔だらけの人生だ。一流大学に受かったからといって、僕には誇れるところが何もない。立派な人間でも、異性に好かれるような人間でもない。
だからせめて、今大切だと思う人のことだけは守りたいんや。

 痛む足首を庇いながら、僕は鴨川デルタから橋の方へとなんとか歩き、先ほど走ってきた今出川通へと続く信号を渡る。雪は、先ほどよりも強く激しく視界を白く染めた。

「これが掲示板やな」

 三輪さんから教えてもらった下鴨警察署の前にある掲示板を凝視する。張り紙が剥がれないように、掲示板はアクリルのケースで覆われていた。表面にへばりつく雪をコートの袖で拭うと、強盗やら殺人犯やらかなり凶悪な事件の容疑者と思しき人物の似顔絵が現れた。その中にはたしてユカイの似顔絵が、あった。

 僕はユカイの顔写真を見たことはないが、その人物の似顔絵の下に「YouTuber連続誘拐事件容疑者」と書かれているのを見てすぐにピンときた。ハリのある長めの髪の毛、切れ長の一重まぶた。低い鼻。失礼だが、マッチングアプリで女性からモテそうな様子はない。さらによく見ると、三輪さんの言う通り、首元に薄いあざの描写があった。
 彼の説明書に、四度の誘拐事件を起こしていること、他にもロマンス詐欺や美人局をやっていた容疑があることが綴られている。

「美人局って、ナナコがやってたっていう……」

 もしかしてこいつはナナコと手を組んでいた男なのではないか。確か学が、ナナコの相手の男は相当手慣れた感じだったと言っていた。頭の中で、パズルのピースがどんどんはまっていく。

「西條さんはこの男と……」

 嫌な想像が浮かび、すぐに頭をぶんぶんと横に振った。
 おかしな想像はするな。そんなことしたら、気持ちが持たへん。今は彼女を見つけ出すことだけを考えるんや。
 YouTuber連続誘拐事件。なぜ彼がそんなことをしたのか分からない。YouTuberに恨みでもあるのか、それとも単に有名人気取りのYouTuberをひっつかまえて懲らしめてやろうという愉快犯なのか。
 とにかく今は動機を探っている場合ではない。
 西條さんがいそうな場所は一体どこなんだ。
 デートの場所について、彼女が教えてくれたのは「私たちがよく知っている場所」だということだけ。「私たち」というのが西條さんと僕のことを指すのであれば、僕たちの共通点はただ一つ、京大生であることだけだ。

 京大生がよく知っている場所。
 それって、もしかして。

 彼女と初めて会った日のことを思い出す。時計台の前のクスノキの下で眠りこけていた西條さんを、僕は風邪を引くからという理由で起こした。彼女は突然知らない男に声をかけられてびっくりした様子で目をパチクリさせていた。僕は真奈と一緒だったから、単に無防備に目を閉じる彼女の身を案じただけだ。決して下心なんてなかった。けれどもし、あの時僕が真奈と付き合っておらずフリーの身であったなら、あれは間違いなく運命の出会いだったと思うだろう。この世に運命なんて存在しないのに。

 運命じゃない。僕は僕の手で彼女のことを助けるんや。
 彼女がいるかもしれない場所に向かって、僕は一目散に走った。途中、なにかプラスでヒントになるようなことはないかと、スマホでYouTuber時代の彼女のことを検索した。

 カナカナちゃんねる
 西條奏
 動画

 いくつかのワードを入れて検索をかける。
 すると、カナカナちゃんねるについてまとめた記事がずらりと表示された。カナカナちゃんねるは京大生女子がアイドルを目指すというコンセプトで歌やトーク動画をアップしていたようだ。チャンネル自体は半年ほど前に閉鎖されていて今は見ることができない。しかし、いまだにファンも多く、活動再開を願う声も少なくない——。

「これって」

 いくつもの記事を読み漁る中で、僕はそこに表示されたとある人物名と、その人物についてまとめた文章に目が釘付けになった。

「嘘やろ……」

 そこには僕の知らない、目を疑う驚愕の事実が並んでいた。