もしも好きになった人に傷つくようなことがあったら、正義のヒーローになって助けに行きたい。好きになった人が不安になっていたらその肩を抱き、「大丈夫だ」と言ってあげたい。
大学に入学してからずっと僕は恋人という存在が欲しくてたまらなかった。
周りを見回すと彼女とどこそこにデートに行ったとか、誕生日プレゼントにティファニーの指輪をあげただとか、自慢げに話すやつらばかりで。僕は猛烈に嫉妬し、リア充生活を満喫する彼らを呪いたくもなった。
でも僕にも真奈という恋人ができて、分かったことがある。
世の恋人たちは皆手放しで幸せなだけじゃない。二人の関係に悩んだり苦しんだり、いろんな困難に立ち向かったりしているということ。そして、単に恋人が欲しいという感情だけでは、それらの問題を解決するには不十分だということ。
恋人が欲しいんじゃない。
僕は、好きになった人と幸せになりたいんや。
西條さんのことが好きだと気づいたのはつい先日のことだ。彼女からしたら僕なんてたくさんいる男友達の中の一人でしかないのかもしれない。僕と学は同列で、愉快な京大生としか思われていないのかも。
それでも、僕は彼女のことが好きやから、もしも彼女に危機が迫っているのなら助けなければならない。好きになった期間なんて、どうでもいいことなんや。ほんの少しのきっかけで、人は誰かに恋をする。一昨日の晩、妹のいない初めてのクリスマスに声を震わせていた彼女の心ごと、僕は抱きしめたかった。今日、学が三輪さんにそうしたように。
気持ち悪いと言われるかもしれない。
拒絶されるかもしれない。
けれど、何もせずにこの気持ちを諦めるくらいなら、嫌われる方がましだ。
西條さんの居場所が分からない。
僕たちがよく知ってる場所って、どこなんや。
僕は、百万遍の学の家からまず出町柳駅の方へと向かった。出町柳駅と京大の本部キャンパス入り口を一直線につなぐ今出川通りを走りながら、すれ違う二人組を観察する。朝から降り続く雪が、身体中にまとわりついて僕の身体を冷やしていく。途中現れる横道では、ずっと向こうの方へと視線を這わせて人がいないか確認した。京都には細い横道がたくさんある。しかしその先は住宅地であることが多く。そんなところへデートで行っているとは思えない。
どこだ、どこにいるんやっ。
もしも彼女や相手の家にいるようなことがあれば、どんなに探しても見つかるはずがない。その場合、いずれ西條さんから三輪さんに連絡がいくことを願うしかなかった。だがそれも、西條さんに危害が加えられていないことが前提となる。もしも彼女の身に何かあったら……と考えるとゾッとして背中の鳥肌が立った。
この辺でデートで行くような場所は——と考えると、鴨川かカフェぐらいしか思いつかない。カフェは結構多いので今頃コーヒーでも飲んで楽しくおしゃべりしているのかも。それならいい。いや、厳密に言うとよくないのだが……今は僕の感情を優先してる場合やない。
「西條さん!」
彼女の名前を叫びながら、僕は鴨川デルタまでたどり着いた。春や夏にはこの場所でお酒を飲む若者や小さい子供づれの家族が遊んでいるのだが、この寒い中デルタで遊ぼうなんていう猛者はいなかった。せいぜい橋の上から雪の降る鴨川の写真を撮っている人たちぐらいだ。
しかし僕はあらゆる可能性を考えて——たとえば、鴨川に西條さんが流されているとか——デルタの岸まで降り立った。
「さっむ!」
遮るものが何もない鴨川デルタで、雪の降る今日は立っているだけでも凍てつくような寒さが全身を襲った。はっきり言ってこんな日にデルタなんて馬鹿としか言いようがない。橋の上から僕を見ている人がいれば、若者がまた無茶をしているとしか思われないだろう。
「西條さーん」
彼女の名前を大声で呼ぶ。しかし、その声は風の中にかき消され、遠くまで響くことはない。もしも彼女が川に流されていたらと思うと、居ても立ってもいられず川の方まで進んでいった。
「西條さん、おらへんか!?」
こんなところで見つかるほうが嫌なのだが、万が一のことを考えて川面を覗き込んだ。
「おわっ!」
あまりにも必死すぎて、足場を確保するのが遅れた僕はデルタの坂から川の方へと滑り落ちる。
「っつ」
ゴツゴツした石に足首を打ちつけ、キインという嫌な痛みが全身を駆け巡る。寒さもあいまって、余計に痛みがひどい。
ああ、僕はこのままここで凍死してまうんやろうか……。
橋の上から「きみ、大丈夫か!」と優しい誰かが叫ぶ声が聞こえているにもかかわらず、そんな馬鹿みたいなことを考えていた。もしここが山の中だったら僕は完全に遭難している。
「だ、大丈夫です」
こんなときにこんなところで助けてもらうのは恥ずかしく、僕はあらんかぎりの声で返事をした。すると「そうか。気をつけろよ」と僕に声をかけてくれた男性が去っていった。
這いつくばりながらデルタの岸へと再びよじ登る。上まで登ると走り回った疲れがどっと押し寄せて来て、そのまますっと意識が遠のきかけた。
こんなところで寝たらあかんのに。
頭では分かっているのに、体が言うことを聞かない。どうやら先ほど転んだのが思った以上に身に堪えたようだ。
大学に入学してからずっと僕は恋人という存在が欲しくてたまらなかった。
周りを見回すと彼女とどこそこにデートに行ったとか、誕生日プレゼントにティファニーの指輪をあげただとか、自慢げに話すやつらばかりで。僕は猛烈に嫉妬し、リア充生活を満喫する彼らを呪いたくもなった。
でも僕にも真奈という恋人ができて、分かったことがある。
世の恋人たちは皆手放しで幸せなだけじゃない。二人の関係に悩んだり苦しんだり、いろんな困難に立ち向かったりしているということ。そして、単に恋人が欲しいという感情だけでは、それらの問題を解決するには不十分だということ。
恋人が欲しいんじゃない。
僕は、好きになった人と幸せになりたいんや。
西條さんのことが好きだと気づいたのはつい先日のことだ。彼女からしたら僕なんてたくさんいる男友達の中の一人でしかないのかもしれない。僕と学は同列で、愉快な京大生としか思われていないのかも。
それでも、僕は彼女のことが好きやから、もしも彼女に危機が迫っているのなら助けなければならない。好きになった期間なんて、どうでもいいことなんや。ほんの少しのきっかけで、人は誰かに恋をする。一昨日の晩、妹のいない初めてのクリスマスに声を震わせていた彼女の心ごと、僕は抱きしめたかった。今日、学が三輪さんにそうしたように。
気持ち悪いと言われるかもしれない。
拒絶されるかもしれない。
けれど、何もせずにこの気持ちを諦めるくらいなら、嫌われる方がましだ。
西條さんの居場所が分からない。
僕たちがよく知ってる場所って、どこなんや。
僕は、百万遍の学の家からまず出町柳駅の方へと向かった。出町柳駅と京大の本部キャンパス入り口を一直線につなぐ今出川通りを走りながら、すれ違う二人組を観察する。朝から降り続く雪が、身体中にまとわりついて僕の身体を冷やしていく。途中現れる横道では、ずっと向こうの方へと視線を這わせて人がいないか確認した。京都には細い横道がたくさんある。しかしその先は住宅地であることが多く。そんなところへデートで行っているとは思えない。
どこだ、どこにいるんやっ。
もしも彼女や相手の家にいるようなことがあれば、どんなに探しても見つかるはずがない。その場合、いずれ西條さんから三輪さんに連絡がいくことを願うしかなかった。だがそれも、西條さんに危害が加えられていないことが前提となる。もしも彼女の身に何かあったら……と考えるとゾッとして背中の鳥肌が立った。
この辺でデートで行くような場所は——と考えると、鴨川かカフェぐらいしか思いつかない。カフェは結構多いので今頃コーヒーでも飲んで楽しくおしゃべりしているのかも。それならいい。いや、厳密に言うとよくないのだが……今は僕の感情を優先してる場合やない。
「西條さん!」
彼女の名前を叫びながら、僕は鴨川デルタまでたどり着いた。春や夏にはこの場所でお酒を飲む若者や小さい子供づれの家族が遊んでいるのだが、この寒い中デルタで遊ぼうなんていう猛者はいなかった。せいぜい橋の上から雪の降る鴨川の写真を撮っている人たちぐらいだ。
しかし僕はあらゆる可能性を考えて——たとえば、鴨川に西條さんが流されているとか——デルタの岸まで降り立った。
「さっむ!」
遮るものが何もない鴨川デルタで、雪の降る今日は立っているだけでも凍てつくような寒さが全身を襲った。はっきり言ってこんな日にデルタなんて馬鹿としか言いようがない。橋の上から僕を見ている人がいれば、若者がまた無茶をしているとしか思われないだろう。
「西條さーん」
彼女の名前を大声で呼ぶ。しかし、その声は風の中にかき消され、遠くまで響くことはない。もしも彼女が川に流されていたらと思うと、居ても立ってもいられず川の方まで進んでいった。
「西條さん、おらへんか!?」
こんなところで見つかるほうが嫌なのだが、万が一のことを考えて川面を覗き込んだ。
「おわっ!」
あまりにも必死すぎて、足場を確保するのが遅れた僕はデルタの坂から川の方へと滑り落ちる。
「っつ」
ゴツゴツした石に足首を打ちつけ、キインという嫌な痛みが全身を駆け巡る。寒さもあいまって、余計に痛みがひどい。
ああ、僕はこのままここで凍死してまうんやろうか……。
橋の上から「きみ、大丈夫か!」と優しい誰かが叫ぶ声が聞こえているにもかかわらず、そんな馬鹿みたいなことを考えていた。もしここが山の中だったら僕は完全に遭難している。
「だ、大丈夫です」
こんなときにこんなところで助けてもらうのは恥ずかしく、僕はあらんかぎりの声で返事をした。すると「そうか。気をつけろよ」と僕に声をかけてくれた男性が去っていった。
這いつくばりながらデルタの岸へと再びよじ登る。上まで登ると走り回った疲れがどっと押し寄せて来て、そのまますっと意識が遠のきかけた。
こんなところで寝たらあかんのに。
頭では分かっているのに、体が言うことを聞かない。どうやら先ほど転んだのが思った以上に身に堪えたようだ。