「帰ってないってどういうこと?」

 確か西條さんは昨日マッチングアプリの相手とデートをしに行ったはずだ。その後の予定は知らないが、家に帰っていないというのはいつからなのか。

「昨日の夜11時ぐらいに、カナに電話をしたの。真斗とのデートの結果を伝えようと思って」

 三輪さんが彼氏とデートをしていたのは僕も学も知っているので二人して頷く。彼女の表情から察するに、おそらく二人の関係はもう続いていない。かなり苦しい思いをしただろう。僕もつい先週真奈に別れを告げてきたから分かるのだ。しかし今はそんなことよりも西條さんの行方が分からなくて混乱しているようだった。

「でも、何回電話してもカナは電話に出なかった。まだ帰ってないのかと思って今朝連絡したんだけどそれも出ない。あの子って一度着信を入れたら絶対に折り返すタイプなの。私の着信を見て連絡をしてこないなんておかしいって思って」

「それで今日、西條さんの家に行って来たんだね」

「うん。事前にLINEをしてもやっぱり返信どころか既読もつかなかったから。そしたら、カナは家にいなかった。チャイムを鳴らしても出てこないから、まだ家に帰ってないんだって分かった」

 確かに三輪さんの言う通りなら、西條さんは昨日の夜から今まで家に帰っていないのかもしれない。でも、それはマッチングアプリの相手とうまくいって、あまり大きな声では言えないが、一夜を共に過ごした……とも考えられないか?
 隣を見ると学も僕と同じことを考えているようで「うむ」と唸った。
 三輪さんは僕らが考えていることを察したらしく、「あのね」と切り出す。

「カナは初対面の男と一夜を過ごしたりしないって、前の晩に言ってたわ。カナは慎重だからその言葉は信じていいと思う」

「なるほどね。親友の三輪さんがそう言うなら、昨日の男と一緒に過ごしているということはなさそうだね」

 いつもの学だったら、「いや、でも」と考えられる可能性をまだ口にしていたはずだ。しかし、必死に西條さんの身を案じる三輪さんの言葉を信じたのか、それ以上追及することはなかった。

 僕としても、もしかしたら今朝から用事があって西條さんが家にいない可能性も考えたが、三輪さんの言う通り、そうだとしても着信やLINEのあった彼女に返事をしないのはおかしいと思った。
 だとしたらやっぱり、西條さんの身に何かあったのだ。

「あたし、どうしたらいいか分からなくて……」

 三輪さんが両肘を膝について額に手を当てる。西條さんのことを心配して相当精神的に参っているようだった。
 そんな彼女の隣に、学がそっと腰掛ける。三輪さんの背中に学の手が触れると、彼女はごく自然に学の方へと身体を預けた。今度は学が彼女の肩を抱く。まるで、「安心して」と震える彼女を落ち着けるように。
 そのあまりの自然な流れに圧倒される一方、西條さんのことが心配でたまらくなる。一昨日の晩、妹のいない初めてのクリスマスに不安を募らせ僕に電話をしてきた彼女の声を思い出す。表情は見えなかったけれど、寂しさと、新たな恋の兆しに揺れる彼女の複雑な気持ちがありありと伝わってきて胸が苦しかった。

 自分の心が彼女に傾いていると知って、その夜はソワソワしていた。けれどそんな彼女がいま、行方知れずになっている。ひょっとしたらもう少しすればひょっこり家に帰ってくるのかもしれない。でも、今の今まで三輪さんに連絡をしない彼女の行動はあまりに不可解だ。
 もしも西條さんが傷つくようなことがあれば——と不安になるのは僕も同じだった。

「西條さんを探しに行くよ」

 僕にできることはただ一つ、彼女を見つけだして無事を確認することだけだ。

「探すって、あてはあるのかい?」

「それはないけど……。でも京都市内なんてそう広くもないんだし、探そうと思えば見つかる、と思う」

「頼りないな。そもそも京都市内って言い切れるのかい」

「……」

 言われてみれば確かに学の言う通りだ。西條さんが必ずしも京都市内でデートをしているとは限らない。

「そういえば一昨日の晩、西條さんがどこでデートするか聞いたんだけど『秘密』だって……」

「あたしもそう言われた。だから詳しいことは何も聞いてなくて」

 西條さんからすれば、深い意味もなく「秘密」ということにしたんだろうけれど、まさかここで仇となるとは……。
 いや待て。
 確か彼女、他に何か言ってなかったか?

 ——ふふ、それは秘密。でも私たちがよく知ってる場所。

私たちがよく知ってる場所(・・・・・・・・・・・・)……」

「なんだって?」

「西條さん、デートの場所を聞いたとき、確かそう言ってたんだ」

「よく知ってる場所、ねえ。それだけじゃ分からないけど、要はわいたちの生活圏内ってことか」

「そうかもしれない。だとすればこの辺を探してみる。三輪さん、他に何か手がかりになるようなことはないかな? 何でもいいんだ。ユカイについて知ってることとかあれば」

 確か、西條さんはユカイのプロフィールに書かれていた一文に共感したのだと言っていた。
 しかしそれだけじゃ何の手掛かりにもならない。何かもっと、彼女の居場所に直結するようなヒントはないんだろうか。

「ごめん、あたしもほとんど何も知らなくて。24歳ってことぐらいしか。ただ、ユカイの顔写真を見せてもらったとき、どこかで見たことがある顔の雰囲気だなって思って……。はっきりと見たことがある顔ではないの。なんとなく、雰囲気とか特徴に既視感があるだけで。でもどこで見たのか、あとちょっとで思い出せそうなのに思い出せない……」

 西條さんがいなくなったショックで、きっと三輪さんの心はかなり疲れている。これ以上、彼女を質問攻めにするのはやめよう。
 うう、と嗚咽を漏らす彼女の背中を、もう一度学が優しくさする。「恭太くん」と学が僕の名前を呼ぶ。僕は彼の言わんとしていることが分かり、頷いた。

「僕が西條さんを探しに行く。三輪さんはここで待ってて」

「あたしも行く」

「いや、三輪さんは休むんだ」

 学が強い口調で諭すように彼女の肩に手を置いた。でも、と立ち上がろうとする彼女に向かって首を横に振る。女の子を危険に晒すわけにはいかない、とその顔が語っている。

「大丈夫。恭太は案外役に立つんだ」

「案外ってなんだよ」

 こんな時でも僕をいじることを忘れない学にはもはや敬意を示したい。

「それに、わいがここにいる。三輪さんはここで、心を落ち着けるんだ」

 完全に男の目をした学が力強くそう言った。その目をじっと見つめる三輪さん。不安げに瞳が揺れる。でも同時に、学の言葉を正面から受け止めて納得したようにも見えた。

「分かった……何か思い出したら連絡するわ」

「ありがとう。僕が必ず西條さんを連れて帰るよ」

「安藤くん、よろしくお願いします。……ありがとう、御手洗くん」