早く核心部分を聞きたくて私は思わずそう聞いていた。話が脱線しそうになっていたところで、御手洗くんは「そうだった」と思い出したかのように手をぽんと鳴らす。なんか、大丈夫かなこの人。
「一条さんにすっかり虜になっていたわいは、ついに彼女に告白をした。彼女の家で夕方から宅飲みをしていたときだ。浅はかながら、当時はお酒の力を借りないと告白なんてできないタチでね。その時の彼女も気分が高揚しているように感じられた。いつもと違ったんだ。ここで言うのは恥ずかしいのだが、彼女は僕の腕に自分の腕を絡めてきた。明らかにこれまでよりも距離は近い感じで、この様子なら絶対に成功するだろうと思われた。だが……結果は言った通り、玉砕さ」
悲しげに頭を横に振る御手洗くんは、戦に敗れ意気消沈しながら仲間の元へと戻っていく武将のようだ。
「でも話はそれで終わらへんかったんやろ?」
「そうさ。振らるまではまあ想定の範囲内——いや、実際は彼女からの好意を感じていたからまったく想定の範囲外だったけれど、許容範囲というか、人生そういうこともあると割り切れた。先人たちだって恋愛はままならないことばかりだって言ってるくらいだからね」
そこで御手洗くんは一度言葉を切って、カモミールティーをごくごくと流し込んだ。紅茶をこんなふうに豪快に啜るなんて、過去の記憶がよほど身に堪えるものなんだろう。私は紅茶の代わりに生唾を呑み込んで、彼の次の言葉を待った。
「しかし問題はそのときに起こった。わいが一条さんに告白した直後に、なんと彼女の家の玄関の扉が開き、外から一人の男がズカズカと踏み込んできたんだ」
「……」
「男は明らかに体格が良くて、同じ大学生とは思えなかった。おそらく年上なんだろう。見た感じもう対抗して勝てる相手じゃないと悟ったよ。彼はその場で『俺のナナコに手を出すんじゃねえぞ』って脅して来たんだ」
「それって、いわゆる“美人局”ってやつ?」
「そうだな。その時は知らなかったが後でそういう手口のロマンス詐欺があるって知ったよ。突然のことでパニックになったわいは、警察に通報しようとしたけど、スマホをナナコに取り上げられてね。もうどうしようもないって思ったんだが、ちょうどその時、怒鳴り声に気づいた隣の家のお兄さんが、わいの家の様子を見に来てくれたんだ。そのお兄さんがすぐさま通報してくれて、なんとか事なきを得たんだ。お兄さんが来てくれなかったらと思うと、今でも震えが止まらなくなるよ」
「じゃあナナコって、その男と結婚してたってこと?」
「いや〜それは分からない。結婚まではしていないにしろ、男からすれば大学生を脅して金を奪うくらいわけないことだろう」
「そういうもんなのか……。それにしてもひどい話やな。犯罪やないか」
「ああ。それ以降、わいは一時女性を信じられなくなったのだ」
「それは仕方ない。僕が知らん間にそんな目に遭うてたなんて」
一通りの事の顛末を話し終えた御手洗くんは額にびっしょりと汗をかいていた。神谷真斗の浮気相手が、まさかそんな犯罪を犯すような女だなんて。しかも彼女も同じ京大生だ。同じ大学に、そんな野蛮な人がいると思うと怖い。
「ナナコさんはどうなったの? 警察にバレてるんだから、退学になったのかしら」
「たぶん、そうだと思う。彼女の方はともかく、男の方は手慣れている様子だったよ。目もギラついてて、犯罪を犯すことに躊躇ない感じがしたね。もしかしたら一条さんの方も何か弱みを握られていたのかもしれないけど」
もう聞くことはないかい? と御手洗くんがため息と一緒に漏らす。彼がナナコについて知っていることはこれですべてなよう
だ。
「ええ、ありがとう」
ナナコが男に騙されていたかどうかはともかく、彼女は今でも悪びれもなく大学に侵入し、他人の彼氏と浮気をしているのだ。この内容をつばきに伝える価値はある。
「それにしてもどうして急に一条さんのことなんか聞いてきたんだい?」
ナナコについて話し終わり、ふうと一息ついた御手洗くんが当然の疑問を口にした。
一瞬私は、つばきや神谷くんのことを話すか迷った。二人の個人情報を勝手にぺらぺら喋ってしまっていいものかと思ったからだ。しかし御手洗くんだって苦い思い出を語ってくれたのだ。こちらも正直に話した方がいいだろうな。