「……ハニートララップ」
「はい?」
およそ彼の口から出て来そうもないワードを聞いて、私は思わず声を上げた。
「だから、ハニートラップを仕掛けられたんだ」
「ほう……」
これには流石の安藤くんも口をぽかんと開けている。
ハニートラップだなんて、アニメや漫画の世界でしか聞いたことないな。現実世界でも起こるものなんだな。と冷静に考えてしまった私は、やっぱり大学生になってから恋愛をしてこなかったおこちゃまだからだろうか。
「具体的にはどんなことをされたの?」
「西條さん、意外と傷を抉るんやな」
「え、あ、ごめん! でも気になって……」
デリカシーのない発言をしてしまったものの、私にはつばきの心を救わなければならないという使命がある。ナナコについて、知り得る情報は聞かないわけにはいかない。
「……元はといえば彼女の方からわいに気があると言って来たんだ」
「そうなの?」
「うむ。わいは学生生活において恋愛にうつつを抜かすようなことはしたくなかったんだ。だから受験のときにいくら消しゴムを貸してもらったからと言って、恋につっ走るのは自粛していたのだ。それが、彼女が積極的に話しかけてくるものだからつい乗ってしまった」
「学らしくないな」
「恭太くん、君には分からないだろうけれどね、彼女がどれだけ男の気を乗せるのが上手いか、世界中の美女たちと競わせても遜色ないほどだよ」
「へえ、具体的にはどんな感じやったん?」
「まずは徹底的に同じ授業をとってきた。しかも、偶然を装ってわいの隣の席に座るんだ。隣の席に座るのは毎回じゃない。しつこくないくらいに、話しかけてくる。そうやって少しずつ距離を縮めていって、ある日『一緒に遊びに行かない?』と誘われたんだ」
「なるほどね。話を聞く感じだと相当手慣れてるね。でもそれだけ聞くと普通に恋愛に発展しそうで羨ましいくらいなんやけど」
「むろん、わいもそう思ったよ。神様からの思し召しかと思ってね。有頂天のまま彼女の誘いにほいほい乗って遊びに行ったのが運の尽き、もうその日から彼女のことしか考えられなくなったのだ」
ナナコとの思い出を思い出すと今でも心が躍るのだろうか。御手洗くんが三年前の出来事を語りながら頬を上気させている。彼の言う通り、大学生になってからとんとん拍子に異性と仲良くなれたら、舞い上がってしまうのも仕方ない。
「ノリに乗って一条さんと何度も遊んだよ。夜にBarに言って酔っぱらったわいを彼女が優しく介抱してくれたこともある。薄れゆく意識の中で、彼女の香水の甘い香りがほんのり漂って天に召されそうな気分だった」
「……発言だけ聞くとやばない?」
「まあまあ、それぐらい最高だったってことさ」
「そうかそうか。聞いてるとなんか腹が立ってきたな。まさか学にそんな華やかな過去があったなんて」
「フフン、わいをなんだと思ってるんだい」
御手洗くんが得意げに胸を逸らす。二人が恋愛面において張り合っているということがよく分かる。
しかし問題はそんなことではない。ナナコがどんな仕打ちを御手洗くんにしたかということだ。
「御手洗くん、ナナコさんは結局あなたに何をしたの?」