それから約一ヶ月後、クリスマスを一週間後に控えたタイミングで、僕のHPはほとんど尽きかけていた。

「だから、言わんこっちゃない」

「嘘だ……こんなのは嘘だ……」

 アポも入れずに突然押しかけた学の家のコタツに肩まで埋めながら、僕は深くため息をついた。
 この一ヶ月間、真奈との間に実にいろいろなことが起きた。「いろいろなこと」なんて濁して言わなければならないほど、僕は心にダメージを負っている。

「で、何があったんだい?」

 心の傷を容赦なく抉ってくる仙人・学を怨みつつ、しかしこうなったのはすべて自分のせいなのだと悟り、彼に洗いざらい話すことにした。

「……小学校の同級生の女の子から久しぶりに連絡が来てさ」

「君に女の子の友達がいたなんて意外だな」

「さっそく失礼なやつだな。とりあえず最後まで聞けよ」

「うい」

 その返事……真面目に聞く気はあるのかと問いただしたい。でも、今の僕には真奈との間に起こった事件を話す以外に体力を使うことができない。

「いきなりの連絡だったからテンパったわけよ。それも、真奈とのデート中やったし。内容は年明けに同窓会をしないかっていう
お誘いやったんやけどさ」

 コタツに埋もれているはずなのに、背筋が冷たい。ああ、きっとあのおぞましい事件を思い出して鳥肌が立っているのだ。

「ちょうど真奈が隣にいて、スマホを見て驚く僕に不信感を抱いたんやな。『いま、女の子から連絡が来たでしょ』っていきなり
核心をついてくるもんで、とっさに『あ、うん』って頷いてしもたんよ」

「……素直なやつだな」

「仕方ないやろ。学も知ってる通り、僕は不器用なんよ。とっさの立ち回りがまったくなってなかった」

 もっとも、こういう時に上手く立ち回れる器用さを持ち合わせていたら、きっと僕はスマートで賢い男として女の子にモテる人生を歩んでいただろう。

「とにかく、女の子から連絡が来たことがバレてもうて、それからはもう話すのも憚られる……」

 僕はぶるぶるっと身震いした。さっきからコタツに入っているというのに寒すぎる。
 あの時のことを思い出すと本当に背筋が凍る。女の子と連絡をとらないという約束を破った僕に、真奈はまったく口をきいてくれなくなった。普段は女の子らしくて朗らかな真奈が、デート中ずっと無言でいることはかなり堪えるものだった。そして、そのお通夜デートが終わってから一言、

「スマホ、預からせてもらうね」

 と淡々と言い放った真奈は僕のズボンのポケットからスマホを抜き取り、そのまま自分の鞄に入れてしまったのだ。
 それが、一昨日のこと。

「ああ、だから今日連絡もなしにうちにやってきたわけだ」

「ご名答。だって、連絡手段がないんやもん!」

 それ以前にも、スマホにGPSをつけられたり、単発バイトの間中バイト先の入り口で待たれたり、大学に行くのにも後をつけられたり。それはもう、まごうことなきストーカーとしか言いようのない行為を真奈は繰り返していた。

「も、もう限界なんや……。さすがに、どんなに好きでもこれは耐えられへんっ」

「……」

 心の悲鳴を上げる僕に、さすがの揶揄戦士・学もおちょくることができないご様子だ。「ちょっと失礼」とその場を立った。トイレにでも行くんだろう。
 真奈のことを考えれば考えるほどに、心がざわついて苦い味が胸いっぱいに広がるような心地がした。あんなに好きだったのに、今は真奈のことを疎ましいと思っている。その事実が、とんでもなく苦しいし、彼女にも申し訳ない気持ちになる。でもやっぱり耐えられないものは耐えられないのだ……!

「これでも飲みなはれ」

 カタン、と彼が焦げ茶色の陶器のコップに入れたお茶をコタツの上に置いた。

「みかん茶だよ。柑橘の香りは気分を落ち着けてくれるからね」

「あ、ありがとう」

 トイレに立ったわけじゃなかったのか。わざわざ僕のためにみかん茶なんて珍しいお茶を淹れてくれたんだ。
 温かいお茶を口に含むと、ほんのりと香るみかんの香りが鼻腔をくすぐった。しつこすぎない匂い。意識しなければみかん茶だと気がつかないくらい、お茶の味に溶け込んでいて、控えめで美味しい。
 僕が惚れた真奈も、控えめで可愛らしい女の子だったはずだ。それがいつしか僕を締め付ける存在へと変わってしまった。あの可憐な真奈はきっともう帰ってこない。

「別れても、いいんやろか……」

 付き合った当初、別れることになるなんて微塵も想像していなかった。しかも自分から別れを切り出そうなんて。自分に彼女ができたことが奇跡みたいなもんで、この子を手放せばもう一生恋人なんかできないと思っていた。
 しかしちょっと付き合っただけで、簡単にボロは出た。彼女は僕のことを好いていてくれるがゆえに、重たい女だと思われるようになった。それで振られる彼女は可哀想といえばそうだ。悪い人ではないのだ。ただ好きという気持ちが、彼女を暴走させているだけなのだから。

「仕方ないさ。恋なんて、最初から最後まで自己満足に過ぎないよ」

 遠い目をして呟く学。三輪さんへの恋を失恋したからか、以前よりも言葉に説得力が増している。
 彼の格言を聞いて、僕はよくやく決意を固めた。
 来週はクリスマスだ。こんな気持ちのまま、真奈とクリスマスを過ごすのは真奈に失礼だと思う。なんとかそれまでに決着をつけるんだ!

「クリスマス・クライシスだね」

 キラーンという効果音でも聞こえてきそうな切れ目をして、彼は格好良く言い放つ。

「決め台詞みたいに言わんでええから」

 おそらく今すごく気分が良くなっている学とは反対に、僕は大きなため息をついた。