「『恋愛成就の哲学』か……」

 木枯しが落ち葉を舞い上げる11月下旬、本格的に冬が近づいてきて残りの大学生活も数えるほどになってきた。それなのに私の行動は変わっていない。常に心を預けられるパートナーを追い求めている。
 今日も図書館で恋愛力向上に効きそうな本を探しているのだけれど、どれも胡散臭い……。ていうか、本を読んで知識を入れさえすれば恋愛だって成功するに違いない! と息巻いていた自分を責めたい。どの本を読んでも、ムズカシイことばかり書いてある。これならネットで検索した「好きな男の心を掴む! マル秘テクニック7選!」の方がまだ参考になりそうだ。

 まず好きな男がいないからね。

 一番のハードルはそこだ。恋焦がれる相手がいるならば、その相手にアタックする戦略を立てればいいのだが、如何せんその相手がいないのだ。
 そもそもどうやって出会う? というところに立ち返ると、友達の少ない私は結局マッチングアプリに頼らざるを得ない。
 ということで、図書館で本を探しつつ時々スマホを取り出して何某かの男とマッチングしていないかチェックしていた。

「う〜ん、やっぱりピンとくる人がいないんだよね」

 図書館内なので、あくまで静かにそう独りごちる。
 私はそっとスマホをスカートのポケットにしまう。図書館での恋愛本を調べるのはやめだ、やめ。そもそも大学図書館ってお堅い本しか置いてないし、こんなところで恋愛を学ぼうとしていた私が馬鹿だったわ。
 恋愛本を読むのは諦めて、私は図書館に設置してあるパソコンの前に座った。蔵書検索で「失踪」というワードを打ち込む。
 タイトルに「失踪」が入る本がいくつかヒットした。その中のめぼしい本が置いてある棚まで向かい、『失踪宣告』というタイトルの本を手に取った。
 言わずもがな、妹の華苗について何か手がかりがないかを調べるためだ。

「『不在者の生死が不明になってから7年間が満了したときに死亡したものとみなされる……』」

 死亡。
 その言葉を目にした途端、薄寒い感覚に襲われた。華苗がいなくなってからもうすぐ半年が経とうとしている。7年などまだ遠い未来の話だが、はたして妹はそれまでに帰ってくるんだろうか……?
 華苗のことを考えているうちに、頭がぼわわんと重たくなってきた。いつもそうだ。華苗やYouTube時代の自分について思い出そうとすると頭痛がしてそれ以上考えられなくなる。私は、心の病にでもかかってしまったんだろうか。

「華苗ちゃん?」

 後ろから妹の名前を呼ばれて、私は『失踪宣言』から顔を上げて振り返った。そこには、三冊の本を胸に抱えて私をまっすぐに見つめる女の子がいた。さらさらの黒髪にメガネをかけていて、とても真面目そうな子。抱えているのはどの本も法律の本だ。法学部の子だろうか? 

「えっと……」

「あ、忘れちゃった? ほら、一回生の時に一緒にぱんきょーの『法律大全』の授業受けてた常盤(ときわ)です」

「常盤……さん。ひ、久しぶり」

「久しぶり。元気だった?」

「うん。元気」

 私のことを華苗と間違えた常盤さんは、華苗が行方不明だということを知らないのだろう。同級生だけで二千人いるので、ぱんきょーの授業を一緒に受けていた程度の知り合いなら、その場限りの付き合いになっていてもおかしくない。華苗は経済学部だったし、法学部らしい彼女とはほとんど会うこともなかっただろう。

「二回生になってから全然会ってなかったし、どうしてるのかなって時々気になってたの。元気そうなら良かった」

「あ、うん……。常盤さんこそ変わらないようで」

「経済学部だったよね。確か経済学部って卒論書かなくていいんだよね。いいな〜」

「そうだね。ゼミの発表も終わっちゃったし」

 華苗から経済学部のことはよく聞いていたので、それっぽいことを言ってごまかす。

「そっかそっか〜。それじゃもう来年の就職に向けてぱーっと遊ぶだけだね」

 真面目な見た目に似合わず、彼女も卒業論文を書き終えたらぱーっと遊ぶつもりらしい。確かにこの時期の四回生は皆社会人になる前に最後の学生生活を謳歌しようと必死だ。

「常盤さんは卒論なんだね。頑張って」

「ええ、頑張る。ありがとう」

 法律本を抱えたまま彼女は手を振って机と椅子が置いてある学習コーナーへと向かっていった。
 華苗がいなくなってからまだ半年も経っていない。ゼミの活動もまだあっただろうに、経済学部の友達は寂しがっているだろうか。