路地裏の石畳が雨に濡れてぬらりと怪しく光っていた。
僕はその意思を持ったような地面からの視線に屈せず、こみ上げる胃液を口から吐き出していた。
ぐええ、という嫌な音が漏れる。冒瀆だ。これは、神聖な京都の石畳に対する冒瀆! 頭では分かっているのに、悲しいかなアルコールに支配された僕の身体は言うことを聞かない。
「うぇっ」
ああ、なんということだ。
すでに胃の中には吐き出すものなんか何もないはずなのに、えずきは止まらない。
先ほど京阪三条駅前で別れた女の子の苦い顔を思い出す。ご飯に行くだけのデートだったのに、思い切り飲んで酔っ払ってしまった僕は、彼女の前で盛大にやらかしてしまった。
「サエちゃんはかわいいね〜ちゅーしたいくらいだよ」
彼女に会う前に親友の学から頂戴したアドバイス——「女の子はかわいいと言われたらとにかく喜ぶ」——を実践したつもりだったのだが。
酔っ払いの僕の激ヤバ発言を聞いた彼女の表情が、みるみるうちに曇っていくのが見て取れた。
「……」
一気に冷めていく酔い。しかし失敗した際の挽回方法については学は教えてくれなかった。僕は、彼女の顔から血の気が引いていく様を呆けたようにただ見つめることしかできなかった。
「また機会があれば」
「うん」
別れ際、彼女が小さくお辞儀をして暗にもう会いたくないですということを告げた。さすがの僕にも、それくらいのことは分かった。伊達に女の子に振られまくっているだけのことはある。いや、そんな悲しいことは認めたくないのだが……。
無情にも三条駅改札へと続く階段に去っていく彼女の背中をぼうっと眺めていると雨が降ってきた。
「最高の演出だ」
このタイミングといい、この冷たさといい!
ふははは、と不気味な声が自分の口から漏れてそばを歩いていたカップルがさっと身を引いたのが分かった。
三条大橋を濡らしていく雨、真っ暗な鴨川に打ちつける雨が目に心地よい。河川敷に等間隔で座っていたカップルたちが慌てて橋の下へと避難する。もし、今日彼女との関係がいい感じに進展していたなら、僕もあの橋の下にいたのかもしれない——とありもしない仮想現実を妄想してはまたふふふと怪しい笑みが溢れた。
およそ現実感のないまま僕は駅から離れ、ふらふらとした足取りでその辺の路地裏へと迷いこんだ。ちょっとした路地裏でも綺麗に整備された石畳や生垣が視界に映る。大学進学のために京都へやってきてはや四年が経とうとしているいま、京都の風情が日常になっていることに、もう何の驚きも覚えない。
そして僕は、吐いた。
今日の失敗をすべて水に流すかのように、美しい石畳に吐き出された僕の胃液は雨と一体化した。
おぇ、うぇ、と誰にも聞こえないほどの声を上げ、自然と目尻に溜まる涙ごといっぺんに雨に流す。もしここで僕が酩酊して死んでしまうようなことがあれば、幽霊になって路地裏を彷徨うことになるかもしれない。今日みたいな雨の日に、相合傘をしているカップルたちに怨念を送ってやるんだ。
などと醜い決意を固めて、僕は懲りることなく吐き続けていた。