「ゼイン、いるんだろ?出ておいで」

僕は一瞬迷ったが、目の前で繰り広げられていることを目の当たりにして、兄は、敵ではないと判断した。

獣のように、喚き、暴れる、エイムズを、警官達が、必死に取り押さえている。

その背後には、怒りから、ステッキを息子へ振りかざしているセルジュ子爵の姿が──。

兄さんは、エイムズの狂気を押さえようとして、囮になった。仲間のフリをして、共に悪事を働いた。そして、管理人ハイデン経由で警察へ相談していた。

警察も、浮浪者ばかりが狙われる事件に頭を抱えていた。身寄りのいない人間が殺されても、誰も見向きもしない。どうしたものかと思案していた時、イーサンからの情報で、シスターマリーへの『狩り』が、浮上してきた。

容疑者は、町の名士、子爵の子息。
警察は、問題にならないよう、現場に子爵を含む関係者を連れて行った。

シスターマリーは、結局、囮にされたのだ。

「マリー……」

冷たくなったマリーにハイデンは寄り添うと、一粒の涙をこぼした。その涙は、まるで彼の心の美しさを表しているようだった。

ーーーー目に見える真実(もの)だけが全てじゃないのよ。

僕には、シスターマリーの声が聞こえた気がした。





「ハイデンさん、今日は、何を手伝えば……」

「そこは、薔薇を植え付けたばかりだ」

「あっ、すみません!」

あの日以来、僕はハイデンの助手をしている。

「あの、何で薔薇ばかり植えるんですか?」

ハイデンは困った顔をしながら、呟いた。

「マリーが好きな花だった。俺は、いつも遠くから、彼女を見てた。彼女は気味悪がっていたかもしれない。……俺は彼女の幸せだけを願ってた。それなのに……」

元々、僕達の母マリーと、ハイデンは、セルジュ子爵の屋敷に勤めていた。

マリーに、目をつけた子爵が、手を出し、マリーはイーサンを身籠った。子爵は世間の目を誤魔化すため、修道院へ連れて行った。

それからも、子爵は、彼女の元へ通い、僕が産まれた。

修道院側から、孤児として育てるように、言いつけられ、僕達は、雪の夜に捨てられた可哀想な兄弟になった。

そして、兄のイーサンとは、今は、なかなか会えない。父親であるセルジュ子爵の元へいってしまったから。

エイムズが、正気を失い、一生病院暮らしという判決を受けて、子爵は、跡取りに、イーサンを指名した。共犯として拘束されていた所を、あらゆる手を使って、無罪放免にした。

イーサンは、屋敷で、子息教育を受けている。そんな忙しい合間を縫って、子爵の回顧録を読むようにと、締め括られる手紙を、僕に送ってくれる。どうあれ、彼は、僕達の父親なのだからと。

サインの後には、決まって一輪、薔薇の花が描かれていた……。


「……日誌を書いて終わりだ」

ハイデンの後について、僕は、管理人室へ向かった。

机の一輪差しには、いつも赤い薔薇が生けてある。

以前、僕はイーサンに聞いたことがある。薔薇は、その本数で、花言葉が変わるのだと。

『あなたしかいない』

赤い薔薇、一本は、確かそうだったはずだ。

僕は、ハイデンの隣で、兄へ返事を書くためペンを取った。

手紙を書き終えると、僕も、サインの横に、薔薇の花を一輪書き添えた。