荷物の整理を終えた僕は、ベッドに横になった。
生まれて初めての個室に、僕は落ち着かない。孤児院では常に誰かと一緒だったから。
事務員は、編入生が来たら相部屋になると、言っていたが、どう見ても一人部屋。
果たして、僕が使っても良いのだろうか?
違和感を感じていると、夕刻を告げる鐘の音がした。
夕食の時間じゃないかと僕は思い、兄さんと、エイムズの部屋を訪ねる事にした。
廊下に出ると、左右に並ぶ部屋の連なりは、意外と静かだった。
まだ、皆、授業から戻って来ていないのかもしれない。
僕は、右側の二つ隣の部屋の前に立った。ノックをしようとしたその時、内から、話声が漏れて来た。
「じゃあ、イーサン、君は、管理人のハイデンが仕組んだと?」
「ああ。エイムズ、君は、弟のゼインの部屋を、僕達の隣にしようと手配した。それなのに、渡された鍵は、あそこだ。鍵の管理をしている、ハイデンがすり替えたのさ」
「あいつ、管理人の分際で。じゃあ、イーサン、ハイデンは、逆らったのか?」
「さあな、少くとも、僕達の邪魔をしようとしているのは、確かだ」
「邪魔を?どうゆうことだい?」
「エイムズ、君の、『狩り』さ」
「そこは、僕達の、だろ。……で?」
「……僕達が使っている通用口は、ゼインの部屋の中。壁際の床から、垂れる、非常時用の縄梯子……」
「くそ。何てことだ!一番見つかりたくない人間に、見つかるように仕掛けてきたとは!」
「隣の部屋から、ゼインが眠ったかどうか、確かめれば良い。今晩は食事の後に、僕が使っている、睡眠薬入りホットミルクでも、差し入れするよ。ゼインがよく眠れるように。僕らは心置きなく『狩り』に出かけられる。ゼインの部屋の合鍵を、ハイデンから手に入れてある。僕は、兄、だからね」
「じゃあ、今晩はあの嘘つきマリーを、狩りに行くかい?イーサン?」
「だが、それだと君の信念は?町にいる、浮浪者達を片付ける。この世に必要の無い者を始末して、世の中を美しく浄化するという、崇高な考えは?」
「僕の事を理解してくれてありがとう。でもね、イーサン、僕は、許せないんだ。君達を騙して、孤児として育てた、マリーを。自分が、犯した罪に蓋をして、自分の子供を孤児にしたて、苦労させた、あの女を」
「……でも……、その女に、手を出したのは、君の父上、セルジュ子爵じゃないか」
「そうだよ。父上も、同罪。母上がいながら、マリーを孕ませ、放おっておいた。……でも、そのおかげで、君が産まれ、僕の、美しい獣となった。ああ、実に、悩ましい話だね。イーサン」
「そう、マリーは、僕らに一生消えない、孤児という烙印を押した。今夜の狩りはマリーに決まりだな。で?子爵は、生かしておくのかい?」
「まさか!父上にも、制裁は受けて頂くつもりだよ。しかしね、仮にも、子爵だ。なにかあった時には、警察も動く。親族も黙っちゃいない。僕らのことが万が一にでもバレたら今までの事が水の泡。だからこそ慎重にならなければならないんだ。僕は、家を継いで、ここを、もっと居心地の良い場所にしたいんだ。そして僕らは世界を浄化し続ける。それを、あの醜男は、邪魔をするつもりなのか!」
「エイムズ。あの管理人は、マリーに惚れているらしい」
「なるほどね。でも、僕らの邪魔をすれば愛する女が、どうなるか」
「彼にも少なからずも反逆心ってモノがあったってことだな。僕らから、愛しきマリーを守ろうとしているのだから」
「馬鹿馬鹿しい。あの醜男、見かけに寄らず、ロマンチストなんだな」