「居たよ」

エイムズは、ほら、と、食堂の1番端のテーブルで長い足を組んでいる、兄のイーサンを指差した。

僕と同じネイビーに赤ラインの入った制服を見に纏っている兄からは、同じ物を着ているとは思えないほどの気品が漂っていた。 

エイムズに連れられて、僕が近づくと、イーサンは、サファイアを思わせるブルーの瞳で僕を見つめ、ブロンドの髪を揺らしながら、笑ってくれた。
 
「ゼイン……よく来たね、会いたかった」 

言うと、立ち上がり、そのまま僕を抱きしめる。

兄の優しい、変わらぬ匂いに、僕は安心した。  

「感動の再会か。ゼイン。何でも分からないことは聞いて。兄さんだけに頼らないでよ。僕は、上級生なんだからね」

言いながら、ウィンクするエイムズは、僕の肩に手を置いた。

──そして、僕らは食事を済ませ、寮へ向かった。

僕は、明日から授業に出れば良いと言われていた。だから、今日中に、最低限のルールを知っておきたかった。

イーサンとエイムズは、新入生の案内という名目で、午後からの授業をサボったようだ。

「エイムズ!部屋、此処しか空いてなかったのか?!」

無機質な廊下の突き当たりにある、ドアの前で、イーサンは、エイムズに食ってかかった。

「この部屋、何かあるの?」 

僕の質問に、イーサンとエイムズは少しだけ困った顔をした。 

「たいしたことじゃないんだけどね。管理人のハイデンが、昔使ってた部屋らしくて。皆、気味悪がって使いたがらないんだよ」

僕の脳裏に、さっきの醜い男の姿がよぎった。

「あそこが俺達の部屋だ。いつでも訪ねてきていいから。ただし、俺たち眠るのは早いから、夜は立ち入らないでもらえるかな。あと必ずノックはすること」

エイムズが、何事もなかったように、右側の二つ隣のドアを指差した。

「それじゃ、夕食まで、ゆっくりお休み」

エイムズに鍵を開けてもらい、僕は部屋へ入った。もっと、兄さんと一緒にいたかったけれど、明日の準備もある。

ベッドの脇に荷物が置いてあった。備え付けの机の上には、あの回想録が─。

僕の苦手なラテン語の教科書以上に、目を通す気にならないモノだ。

ふと、机の片隅に目が止まる。

一瞬、傷かと思ったが、よく見ると、ナイフの様なもので、刻まれた文字だった。

『あなたしかいない』

小さいけれど、確かにそう読める。

一体誰が……。

まさか……管理人のハイデンが?

この部屋は、ハイデンだけじゃなく、沢山の人が使っているはずだ。誰かに恋した気持ちを残したい人だっているかもしれない。