学園に到着すると、男性職員が、入学手続と、入寮手続きのための書類を持って来た。

言われるままに、僕はサインすると、ノエル学園の歴史と、ここの、パトロンである、セルジュ子爵の回想録を渡された。

「君も知っての通り、子爵は、この町でも、指折りの名士だ。この学園にも、多額の寄付をなさってくださっている。君たち、孤児に教育の場を与えるためにね。君が、学べるのは、子爵のお陰だ。この本をしっかりと、読んでおくように」

金色の飾り文字で装丁された分厚い本を手渡され、僕は、少し面食らった。

事務員は、陶酔しきった顔をしていた。このままだと、一日中、子爵の素晴らしさを語られそうだ。

「あー、そういえば、君は、イーサンの弟だったね!素晴らしい!孤児とはいえ、もう一人天才が、やって来るとは!期待しているよ」

孤児院育ちを、揶揄されるのは、慣れている。

いま僕が着ている制服だって、誰かが寄付したお下がりで、新入生なのに、どこか、くたびれた感じが拭えない。

孤児院育ち、とは、そうゆうものなのだ。

そんな、誰かにすがってしか生きていけない僕たちの中で、兄のイーサンだけは、違っていた。

頭脳明晰、そして、誰もが、すれ違い様に振り返るであろう、整った顔立ち。

どんな、くたびれたお下がりを着ても、イーサンは、いつも、輝いていた。

事実、特待生として、もっと遠くの街にある、上流階級の子息が通う、大学(アカデミー)付属学校を薦められていた。

だけど、イーサンは、このノエル学園を選んだ。

きっと、僕のためなんだろう。二人きりの兄弟の僕と離れるのが心配だったのかもしれない。

でも僕は、いつもどこかで、イーサンに引け目を感じていた。

孤児院に捨てられていた時だって──。

イーサンの事を誉められるのは、嬉しい。でも、こうして比べられるのは、やっぱり苦痛だった。

──ゼイン、あなただって、素晴らしいわ。ちゃんと、目に見えない真実(もの)を見ることができるのだから。

シスターマリーの言葉を、僕は思い出した。

授業の終わりを告げる鐘の音がすると共に、町の大広間にある、時の鐘が、正午を知らせる音を響かせた。