「大変お世話になりました、マリー先生」

僕はボストンバックを一つ持って、育ての親であり、先生でもあるシスターマリーに最後の挨拶をした。

「元気でね、ゼイン」

シスターは、十字を切ると、腰にぶら下げている、ロザリオを手探った。

僕には、親がいない。

この修道院の門前に、一つ上の兄と共に置き去りにされていたからだ。

雪が積もる夜だった。誰にも気づかれなかったら僕は今頃この世にはいなかっただろう。

まだ一歳過ぎたばかりの兄は、孤児院でもある修道院長の閉ざされた門の下の隙間から、潜り込み、重圧な入り口ドアを力一杯叩いたらしい。


「あちらの寮には馴染めるかしら?大丈夫?」

シスターが心配そうに僕を覗き込んだ。

皆16歳を迎える春に、孤児院を出て、上の学校へ入学する事が義務付けられている。

僕が入るのは兄イーサンと同じ、ノエル学園で、敷地内にある寮で暮らすことになっていた。

「大丈夫です、兄もいますので」

シスターメアリーは、少しソバカスのある顔で、精一杯の笑顔を作った。

「イーサンにも宜しくね」

僕は軽く会釈すると、シスターに背を向けた。

「あ、ゼイン」

何か思い出したかのようにシスターが、僕に声をかけた。 

「何ですか?」

少しだけ躊躇ってから、シスターは、言葉を続けた。

「寮には管理人さんがいるの。その管理人さんには、近付かないで」

「あの……何故ですか?」

シスターが少し戸惑ったような顔をしながら口を開いた。

「そんな、大した理由はないのだけれど……少し気難しい方みたいで。……とにかくゼインは、イーサンと仲良く沢山学んでいらっしゃい」

シスターは、何かをはぐらかす様に、笑った。 

僕は、もう一度、一礼すると、兄の待つ、新しい世界へ向けて踏み出した。

イーサンと会うのは一年振りだった。僕は、胸が高鳴るのを抑える様にひとつ深呼吸した。

16年、お世話になった孤児院を目に焼きけようと振り返ると、シスター マリーが手を振ってくれていた。