伊吹は苦笑を浮かべながらも、砂糖のように甘い言葉を吐く。これももちろん、毎朝のこと。

「……すみません」

 伊吹を我慢させている状況に罪悪感を覚えて、いまだに赤い顔のまま凛は(うつむ)いた。そんな彼女の頭を、伊吹は()でるようにそっと(たた)く。

「なにも謝る必要はないよ。凛はそのまま、ゆっくり歩んでいけばいい。それに毎朝凛の柔らかい頬に触れられるのも、悪くないしな」

 自分を思いやる伊吹の言葉が胸に染みた。

 御年二十七歳の彼は、いつもこれでもかと年下の嫁を慮る。しかし、それがさらに凛の心をちくりと刺すのだった。

 ――本当は、もう伊吹さんと唇同士を合わせてもいい。いいえ、合わせたい。

 凛は百年に一度、人間の女性から生まれる〝()(けつ)〟の持ち主だ。

 夜血は鬼が好む血であり、夜血の乙女は鬼の若殿に花嫁として献上されるというのが、人間界とあやかし界との間に結ばれた(おきて)だった。

 夜血の乙女だと発覚するまで、赤い瞳を持つ凛は、家族はおろか親戚や学友などからも『あやかしに取り()かれている』と虐げられていた。

 ゆえに、夜血の乙女だとわかった時、凛は大層(あん)()した。誰からも必要とされない自分がやっと誰かの役に立てる。しかも、この陰鬱な世界から消えることができる、と。

 なぜなら、鬼の若殿の花嫁とはいっても、生贄(いけにえ)同然。献上された途端、鬼に血を吸いつくされて死ぬ。それが人間界での認識だった。

 凛はその運命を至極当然に受け入れていた。