—鈴木まりあside—
私は高校2年生になったばかりの女子高校生、鈴木まりあ。平凡な苗字に外国人っぽい名前。不釣り合いに見えて、実は少し、いやだいぶ気に入っている。だってまりあって名前は可愛いし、鈴木って苗字は日本人で出会ったことがない人のほうが少ないぐらい、有名な苗字だから。
そして、私は魔女だ。
正確には、元・魔女。
もっともっと正確に言えば、前世が魔女だった。——なんて言っても、誰も信じてくれないのは分かってる。私も自分の前世が魔女だったなんて信じられない。というか、前世が分かるなんてこと自体、誰にも信じてもらえないと思う。
魔女っていつの時代の? 本当に存在したの? 魔法使えるの?
みんなが質問したい内容はだいたい分かる。私も多分に漏れず同じ疑問を思ったから、自分の前世を必死に思い出そうとしたけど、なんていうか、霧がかかったみたいにそこは全然分からなくて、とにかく魔女だったということだけ分かっている。
そんな私は、斜め前に座る天才君が気になっている。
魔女なら惚れ薬ぐらい作って見せろって?
違う違う。そういう意味で気になってるわけじゃないし、はっきり言えば、私は前世が魔女っていうだけで、不思議な力とか魔法とか使うなんてできないんだ。
みんなの前世が、分かるって言うこと以外。
「みーずーせー君」
「……」
返事は返ってこない。イヤホンをしているので、聞こえていないだけなのかなと思ったが、彼は今日の朝、スマホを充電し忘れて、音楽を聴いているふりをしているのを、私は見逃していなかった。話しかけるなオーラを惜しげもなく醸し出す彼に、私も躊躇なくもう一度声をかける。
これでだめだったら、何度でも声をかけてやろうと思ってる。
「水瀬君」
「……なに?」
以外にも彼が二回目の呼びかけに応じてくれたので、私は反射的に笑顔になる。
彼は細長く白いピアニストのような指で静かにイヤホンを取った。
黒い前髪がかかりそうな切れ長の瞳は、黒曜石のように綺麗な色をしており、そこににこにこと笑う私が映し出される。
彼の頭上では、馬に甲冑を着た人間が跨り剣を掲げている黒くて小さな影がゆらゆらと揺れていた。おそらく、彼の前世は騎士だ。
相手の前世を知るには、相手の頭上にあるマークを見ればいいだけ。これも不思議の力を自分でどうこう使うわけじゃない。生まれた時から見えていたから、分かるだけ。だけど、私はひとつ分からないことがあった。
「これからクラスの親睦会だよ。一緒に行こ!」
今日は始業式。春を迎えたばかりのこの高校も、どこか賑やかな雰囲気を見せていた。
クラスメイト達はすでに集合場所のカラオケへ行くために、先に教室を出て行ってしまったため、今この教室に残っているのは、私と彼だけだ。
「あー。僕はパス」
知ってる、とその言葉に返事をする。
「じゃあどうして声をかけたの?」
その言葉に私は、不覚にも目を丸くしてしまった。まさか彼から言葉をなげかけてくれると思わなかったから、驚いたというよりも、嬉しかったという感情の方が正解かもしれない。彼もまさか自分から質問するなんて思わなかったのか、自分でじぶんにおどろいているように 見えて、ちょっとおかしかった。
「だってクラスメイト全員参加するのに、君だけ参加しないのは、ナンセンスじゃないか。君がいるからこのクラスは完成されるのだよ」
そう答えると天才君はそっと立ち上がり、机の横にかけられている薄っぺらいスクールバッグを手に取った。
「おっ、行く気になったかい?」
「帰るだけだよ」
「ええ!?」
今のは私の言葉にこころ動かされて、一緒に行こう! ありがとう鈴木さん! ってなるパターンじゃないの!?
だがしかし、私はこんなことでくじけるたまではない。
「あ、じゃあこうしない? 私と天光と大澤ときみの4人で親睦会をするの。本当は黒田もいればいいんだけど、黒田が懇親会やろうって言いだしたから、もう先に行っちゃったし、あいつがいないと、クラスメイト達も困るだろうから黒田はまた今度ってことで、どこがいい?」
我ながら名案を思いついてしまったと思いながら、どや顔で私よりも少し背の高い彼を見上げると、天才君は表情を変えずに少し逡巡した様子をして、薄い唇を開いた。
「いや、僕は行くなんて言ってないんだけど……。僕が懇親会、もしくはそれに同等する集まりに行かないと、黒田君に鈴木さんが怒られるの?」
天才君の口調は穏やかだ。怒っている様子はなくて、少し安心する。まあ、彼が怒るような人でも、私は構わず声をかけたのだろうけど。
放つオーラや視線こそ冷徹だが、喋り方はもちろん、声の高さも低すぎず高すぎず、どこか心地よい。心音を聞いているかのような、と言ったら大げさだろうか。
「黒田はそんなことじゃ怒らないよ」
「じゃあ、僕のことなんて放っておいたほうが、鈴木さんも時間を無駄にしなくてすむ」
「もしかして、私が黒田にきみを誘うように言われたから、私がきみを誘っているように思ってる?」
「違うの?」
私は人差し指を左右に揺れして違う違う、と示す。
「確かに私は黒田に、きみを誘うように言われはしたけど、私自身がきみのことを誘いたいと思っていたから、これは私の意思なのだよ。私がきみのことを知りたいんだ」
そう、この気持ちに嘘はない。
彼のことは入学した当初から知っていたが、クラスが違ったので本当に名前を姿だけを知っているだけだった。だから同じクラスになった時は、太陽に手が届くんじゃないかってぐらいジャンプして喜んだことを、彼に今すぐにでも力説してやりたいが、それはまた今度にしよう。
彼は私の言葉に困ったのか、視線を逸らして、一歩後ろに下がった。
天才君を困らせたかったわけではなくて、知りたかったんだ、純粋に。
彼の性格はもちろん、彼の頭の上で今もゆらゆら揺れている馬と甲冑と剣。そして、その更に上にある、小さなハートマークの意味を。
こんなの初めてだったから、彼を見た時すごい衝撃を受けたんだ。彼を一目見た時、すぐにその真相をしりたくて、声をかけようとしたけど、彼は入学式の後、すぐにあまり学校にこなくなってしまった。
出席日数はギリギリ足りたようだが、あまり学校に来てないにも関わらず、この進学校で無事に進級できたということは、テストでもきちんとした点数を取ったからだろう。だから私は、彼を天才君と呼んでいる。
さて。
ここからどうやって彼を誘おうか。嫌な気持ちにはなっていないとは思う。相手が怒りを感じた時、前世のマークがゆらゆら動くをやめて、私の方に向きを変えてまるで攻撃をするかのような素振りを見せることが多いのだ。恐らく前世の影が、その人を助けようとしているのだろう。これは前世が見えるからこそ、かもしれない。でも何に対して怒っているのかとか、詳細なことは分からない。
「俺は、興味ない」
はっきりと、そう言った。
私を真っすぐに見て。
さっきの私の言葉に対する返事だと理解するのに、少しだけ時間がかかった。懇親会とかに興味がない、という意味ももしかしたら込められていたのかもしれないが、どっちだっていい。
「私は、興味ある」
「僕はない」
「ある」
「ない」
なんて無意味な会話なんだろう。だけど、天才君でもこんな無意味な会話をするんだ、なんて新たな発見ができた。
そんな会話をしていると、パタパタと廊下からスリッパの音が聞こえてくる。それも一人分ではない。
「おい、まりあ。遅いぞ」
「大澤」
教室に現れたのは、大澤だった。色素の薄い髪の毛と、同じ色をした透き通るような瞳がこちら私たちを映し出す。
「駐輪場にもう誰もいなくなっちゃったよ」
大きな体躯の後ろから、ひょこっと顔を出したの天光は、さらさらのストレートボブは思わず手を通したくなるほど綺麗で、外国人形のようにくりくりで大きな瞳に、ふっくらと柔らかそうな唇は、女の私が見ても、守ってあげたくなるくらい可愛い。
「ほら、二人も迎えに来てくれたから、早く一緒に行こう!」
「いや、僕は……」
「諦めろ、水瀬。まりあはちょっとやそっとで諦める女じゃないからな」
「えっへん!」
どやあ、腰に手を当てて胸を張るが、すかさず「褒めてねえよ」と言われた。でもどう考えても誉め言葉なので、一旦スルーする。
朔夜の言葉に少しだけ眉を寄せた天才君は、誰が見ても困っていた。だけど、天才君の頭の上では、未だに騎士のマークと、ハートマークがくるくる回っている。それを見て私は、大きく息を吸って、彼に言葉をかける。
「まずは教室を出よう! ファミレスでいい?」
手を差し出せば、戸惑いながらも彼は自然とその手を掴んでくれた。
私は高校2年生になったばかりの女子高校生、鈴木まりあ。平凡な苗字に外国人っぽい名前。不釣り合いに見えて、実は少し、いやだいぶ気に入っている。だってまりあって名前は可愛いし、鈴木って苗字は日本人で出会ったことがない人のほうが少ないぐらい、有名な苗字だから。
そして、私は魔女だ。
正確には、元・魔女。
もっともっと正確に言えば、前世が魔女だった。——なんて言っても、誰も信じてくれないのは分かってる。私も自分の前世が魔女だったなんて信じられない。というか、前世が分かるなんてこと自体、誰にも信じてもらえないと思う。
魔女っていつの時代の? 本当に存在したの? 魔法使えるの?
みんなが質問したい内容はだいたい分かる。私も多分に漏れず同じ疑問を思ったから、自分の前世を必死に思い出そうとしたけど、なんていうか、霧がかかったみたいにそこは全然分からなくて、とにかく魔女だったということだけ分かっている。
そんな私は、斜め前に座る天才君が気になっている。
魔女なら惚れ薬ぐらい作って見せろって?
違う違う。そういう意味で気になってるわけじゃないし、はっきり言えば、私は前世が魔女っていうだけで、不思議な力とか魔法とか使うなんてできないんだ。
みんなの前世が、分かるって言うこと以外。
「みーずーせー君」
「……」
返事は返ってこない。イヤホンをしているので、聞こえていないだけなのかなと思ったが、彼は今日の朝、スマホを充電し忘れて、音楽を聴いているふりをしているのを、私は見逃していなかった。話しかけるなオーラを惜しげもなく醸し出す彼に、私も躊躇なくもう一度声をかける。
これでだめだったら、何度でも声をかけてやろうと思ってる。
「水瀬君」
「……なに?」
以外にも彼が二回目の呼びかけに応じてくれたので、私は反射的に笑顔になる。
彼は細長く白いピアニストのような指で静かにイヤホンを取った。
黒い前髪がかかりそうな切れ長の瞳は、黒曜石のように綺麗な色をしており、そこににこにこと笑う私が映し出される。
彼の頭上では、馬に甲冑を着た人間が跨り剣を掲げている黒くて小さな影がゆらゆらと揺れていた。おそらく、彼の前世は騎士だ。
相手の前世を知るには、相手の頭上にあるマークを見ればいいだけ。これも不思議の力を自分でどうこう使うわけじゃない。生まれた時から見えていたから、分かるだけ。だけど、私はひとつ分からないことがあった。
「これからクラスの親睦会だよ。一緒に行こ!」
今日は始業式。春を迎えたばかりのこの高校も、どこか賑やかな雰囲気を見せていた。
クラスメイト達はすでに集合場所のカラオケへ行くために、先に教室を出て行ってしまったため、今この教室に残っているのは、私と彼だけだ。
「あー。僕はパス」
知ってる、とその言葉に返事をする。
「じゃあどうして声をかけたの?」
その言葉に私は、不覚にも目を丸くしてしまった。まさか彼から言葉をなげかけてくれると思わなかったから、驚いたというよりも、嬉しかったという感情の方が正解かもしれない。彼もまさか自分から質問するなんて思わなかったのか、自分でじぶんにおどろいているように 見えて、ちょっとおかしかった。
「だってクラスメイト全員参加するのに、君だけ参加しないのは、ナンセンスじゃないか。君がいるからこのクラスは完成されるのだよ」
そう答えると天才君はそっと立ち上がり、机の横にかけられている薄っぺらいスクールバッグを手に取った。
「おっ、行く気になったかい?」
「帰るだけだよ」
「ええ!?」
今のは私の言葉にこころ動かされて、一緒に行こう! ありがとう鈴木さん! ってなるパターンじゃないの!?
だがしかし、私はこんなことでくじけるたまではない。
「あ、じゃあこうしない? 私と天光と大澤ときみの4人で親睦会をするの。本当は黒田もいればいいんだけど、黒田が懇親会やろうって言いだしたから、もう先に行っちゃったし、あいつがいないと、クラスメイト達も困るだろうから黒田はまた今度ってことで、どこがいい?」
我ながら名案を思いついてしまったと思いながら、どや顔で私よりも少し背の高い彼を見上げると、天才君は表情を変えずに少し逡巡した様子をして、薄い唇を開いた。
「いや、僕は行くなんて言ってないんだけど……。僕が懇親会、もしくはそれに同等する集まりに行かないと、黒田君に鈴木さんが怒られるの?」
天才君の口調は穏やかだ。怒っている様子はなくて、少し安心する。まあ、彼が怒るような人でも、私は構わず声をかけたのだろうけど。
放つオーラや視線こそ冷徹だが、喋り方はもちろん、声の高さも低すぎず高すぎず、どこか心地よい。心音を聞いているかのような、と言ったら大げさだろうか。
「黒田はそんなことじゃ怒らないよ」
「じゃあ、僕のことなんて放っておいたほうが、鈴木さんも時間を無駄にしなくてすむ」
「もしかして、私が黒田にきみを誘うように言われたから、私がきみを誘っているように思ってる?」
「違うの?」
私は人差し指を左右に揺れして違う違う、と示す。
「確かに私は黒田に、きみを誘うように言われはしたけど、私自身がきみのことを誘いたいと思っていたから、これは私の意思なのだよ。私がきみのことを知りたいんだ」
そう、この気持ちに嘘はない。
彼のことは入学した当初から知っていたが、クラスが違ったので本当に名前を姿だけを知っているだけだった。だから同じクラスになった時は、太陽に手が届くんじゃないかってぐらいジャンプして喜んだことを、彼に今すぐにでも力説してやりたいが、それはまた今度にしよう。
彼は私の言葉に困ったのか、視線を逸らして、一歩後ろに下がった。
天才君を困らせたかったわけではなくて、知りたかったんだ、純粋に。
彼の性格はもちろん、彼の頭の上で今もゆらゆら揺れている馬と甲冑と剣。そして、その更に上にある、小さなハートマークの意味を。
こんなの初めてだったから、彼を見た時すごい衝撃を受けたんだ。彼を一目見た時、すぐにその真相をしりたくて、声をかけようとしたけど、彼は入学式の後、すぐにあまり学校にこなくなってしまった。
出席日数はギリギリ足りたようだが、あまり学校に来てないにも関わらず、この進学校で無事に進級できたということは、テストでもきちんとした点数を取ったからだろう。だから私は、彼を天才君と呼んでいる。
さて。
ここからどうやって彼を誘おうか。嫌な気持ちにはなっていないとは思う。相手が怒りを感じた時、前世のマークがゆらゆら動くをやめて、私の方に向きを変えてまるで攻撃をするかのような素振りを見せることが多いのだ。恐らく前世の影が、その人を助けようとしているのだろう。これは前世が見えるからこそ、かもしれない。でも何に対して怒っているのかとか、詳細なことは分からない。
「俺は、興味ない」
はっきりと、そう言った。
私を真っすぐに見て。
さっきの私の言葉に対する返事だと理解するのに、少しだけ時間がかかった。懇親会とかに興味がない、という意味ももしかしたら込められていたのかもしれないが、どっちだっていい。
「私は、興味ある」
「僕はない」
「ある」
「ない」
なんて無意味な会話なんだろう。だけど、天才君でもこんな無意味な会話をするんだ、なんて新たな発見ができた。
そんな会話をしていると、パタパタと廊下からスリッパの音が聞こえてくる。それも一人分ではない。
「おい、まりあ。遅いぞ」
「大澤」
教室に現れたのは、大澤だった。色素の薄い髪の毛と、同じ色をした透き通るような瞳がこちら私たちを映し出す。
「駐輪場にもう誰もいなくなっちゃったよ」
大きな体躯の後ろから、ひょこっと顔を出したの天光は、さらさらのストレートボブは思わず手を通したくなるほど綺麗で、外国人形のようにくりくりで大きな瞳に、ふっくらと柔らかそうな唇は、女の私が見ても、守ってあげたくなるくらい可愛い。
「ほら、二人も迎えに来てくれたから、早く一緒に行こう!」
「いや、僕は……」
「諦めろ、水瀬。まりあはちょっとやそっとで諦める女じゃないからな」
「えっへん!」
どやあ、腰に手を当てて胸を張るが、すかさず「褒めてねえよ」と言われた。でもどう考えても誉め言葉なので、一旦スルーする。
朔夜の言葉に少しだけ眉を寄せた天才君は、誰が見ても困っていた。だけど、天才君の頭の上では、未だに騎士のマークと、ハートマークがくるくる回っている。それを見て私は、大きく息を吸って、彼に言葉をかける。
「まずは教室を出よう! ファミレスでいい?」
手を差し出せば、戸惑いながらも彼は自然とその手を掴んでくれた。