あの春がまたやってくる



たとえば、想像してみる。

大好きな人たちに囲まれて。
大好きな人たちと笑い合って。

ずっとずっと一緒にいて。

そんな毎日を想像してみる。
それだけで私は、とてつもなく悲しい気持ちになる。

ああ、こんなことありえないのにって。
悲しくなって、怖くなって、泣きそうになる。

時間が止まればいいのに。

あ、でも、時間が止まったら私も止まっちゃうのかな。石みたいに。

なら、この時間がーー17歳という時間が、ずっとずっと、続けばいいのに。

なんて、ありえないことを願う。


「ずっと一緒なんて、嘘つき」


でも嘘よりは、くだらない妄想のほうがマシかもしれない。



***

音楽室からピアノの音が聞こえる。

聞いたことがある曲だ。でも、タイトルが分からない。

それに聞いたことがあると言っても、ある場所以外のメロディーは今初めてしっかりと聞いたかもしれない。ある場所とは、要は歌でいうサビの部分だ。サビだけ知っているのに、AメロとかBメロなんて呼ばれる部分はわからないし、無論タイトルも知らない。

「そうか、分かった。これはくるみ割り人形だ」


くるみ割り人形、ではないような気がする。

どうしてか分からないけど。

この曲は何だったかな。

どこで聞いたんだっけな。

なんて思いながら、丸い丸いビー玉を覗いてみる。

そうすると、そこには、笑ってる5人がいる。



「聞いて驚け! 実は私、前世で魔女だったんだ」

みんなは、なんだいつものことかって、少しふざけて返事をする。

「へえ、俺は勇者だったぜ」
「え!? えっと、わ、私は……聖女? ってやつかな」
「お前らはまだまだだな。オレ様は魔王をやってたんだぜ」

丸い丸いビー玉が輝いた。
輝いた?
本当に?

ビー玉を手の中に握りしめて、空を仰ぎ見た。

「馬鹿みたいに」

それは紛れもなく自分にかけた言葉だった。

こんな超能力意味なんてないのに、いかにも使えますって感じで自然に身についているんだから、神様なんて大嫌いだ。せめて取り扱い説明書ぐらい、一緒にくれてもいいと思う。

そう思ってたら、隣で立ち上がる音がした。

「さてと」

――取り戻しに行きましょうか。


「何を?」


――みんなの青春を。



その言葉を盛り上げるかのように、力強い旋律が流れてくる。

彼は石に刺さった剣を抜く勇者のように、凛々しかった。

—鈴木まりあside—

私は高校2年生になったばかりの女子高校生、鈴木まりあ。平凡な苗字に外国人っぽい名前。不釣り合いに見えて、実は少し、いやだいぶ気に入っている。だってまりあって名前は可愛いし、鈴木って苗字は日本人で出会ったことがない人のほうが少ないぐらい、有名な苗字だから。

そして、私は魔女だ。

正確には、元・魔女。

もっともっと正確に言えば、前世が魔女だった。——なんて言っても、誰も信じてくれないのは分かってる。私も自分の前世が魔女だったなんて信じられない。というか、前世が分かるなんてこと自体、誰にも信じてもらえないと思う。

魔女っていつの時代の? 本当に存在したの? 魔法使えるの?

みんなが質問したい内容はだいたい分かる。私も多分に漏れず同じ疑問を思ったから、自分の前世を必死に思い出そうとしたけど、なんていうか、霧がかかったみたいにそこは全然分からなくて、とにかく魔女だったということだけ分かっている。

そんな私は、斜め前に座る天才君が気になっている。

魔女なら惚れ薬ぐらい作って見せろって?

違う違う。そういう意味で気になってるわけじゃないし、はっきり言えば、私は前世が魔女っていうだけで、不思議な力とか魔法とか使うなんてできないんだ。

みんなの前世が、分かるって言うこと以外。

「みーずーせー君」

「……」

返事は返ってこない。イヤホンをしているので、聞こえていないだけなのかなと思ったが、彼は今日の朝、スマホを充電し忘れて、音楽を聴いているふりをしているのを、私は見逃していなかった。話しかけるなオーラを惜しげもなく醸し出す彼に、私も躊躇なくもう一度声をかける。

これでだめだったら、何度でも声をかけてやろうと思ってる。

「水瀬君」

「……なに?」

以外にも彼が二回目の呼びかけに応じてくれたので、私は反射的に笑顔になる。

彼は細長く白いピアニストのような指で静かにイヤホンを取った。

黒い前髪がかかりそうな切れ長の瞳は、黒曜石のように綺麗な色をしており、そこににこにこと笑う私が映し出される。

彼の頭上では、馬に甲冑を着た人間が跨り剣を掲げている黒くて小さな影がゆらゆらと揺れていた。おそらく、彼の前世は騎士だ。

相手の前世を知るには、相手の頭上にあるマークを見ればいいだけ。これも不思議の力を自分でどうこう使うわけじゃない。生まれた時から見えていたから、分かるだけ。だけど、私はひとつ分からないことがあった。

「これからクラスの親睦会だよ。一緒に行こ!」

今日は始業式。春を迎えたばかりのこの高校も、どこか賑やかな雰囲気を見せていた。

クラスメイト達はすでに集合場所のカラオケへ行くために、先に教室を出て行ってしまったため、今この教室に残っているのは、私と彼だけだ。

「あー。僕はパス」

知ってる、とその言葉に返事をする。

「じゃあどうして声をかけたの?」

その言葉に私は、不覚にも目を丸くしてしまった。まさか彼から言葉をなげかけてくれると思わなかったから、驚いたというよりも、嬉しかったという感情の方が正解かもしれない。彼もまさか自分から質問するなんて思わなかったのか、自分でじぶんにおどろいているように 見えて、ちょっとおかしかった。

「だってクラスメイト全員参加するのに、君だけ参加しないのは、ナンセンスじゃないか。君がいるからこのクラスは完成されるのだよ」

そう答えると天才君はそっと立ち上がり、机の横にかけられている薄っぺらいスクールバッグを手に取った。

「おっ、行く気になったかい?」

「帰るだけだよ」

「ええ!?」

今のは私の言葉にこころ動かされて、一緒に行こう! ありがとう鈴木さん! ってなるパターンじゃないの!?

だがしかし、私はこんなことでくじけるたまではない。

「あ、じゃあこうしない? 私と天光(アマミツ)と大澤ときみの4人で親睦会をするの。本当は黒田もいればいいんだけど、黒田が懇親会やろうって言いだしたから、もう先に行っちゃったし、あいつがいないと、クラスメイト達も困るだろうから黒田はまた今度ってことで、どこがいい?」

我ながら名案を思いついてしまったと思いながら、どや顔で私よりも少し背の高い彼を見上げると、天才君は表情を変えずに少し逡巡した様子をして、薄い唇を開いた。

「いや、僕は行くなんて言ってないんだけど……。僕が懇親会、もしくはそれに同等する集まりに行かないと、黒田君に鈴木さんが怒られるの?」

天才君の口調は穏やかだ。怒っている様子はなくて、少し安心する。まあ、彼が怒るような人でも、私は構わず声をかけたのだろうけど。

放つオーラや視線こそ冷徹だが、喋り方はもちろん、声の高さも低すぎず高すぎず、どこか心地よい。心音を聞いているかのような、と言ったら大げさだろうか。

「黒田はそんなことじゃ怒らないよ」

「じゃあ、僕のことなんて放っておいたほうが、鈴木さんも時間を無駄にしなくてすむ」

「もしかして、私が黒田にきみを誘うように言われたから、私がきみを誘っているように思ってる?」

「違うの?」

私は人差し指を左右に揺れして違う違う、と示す。

「確かに私は黒田に、きみを誘うように言われはしたけど、私自身がきみのことを誘いたいと思っていたから、これは私の意思なのだよ。私がきみのことを知りたいんだ」

そう、この気持ちに嘘はない。

彼のことは入学した当初から知っていたが、クラスが違ったので本当に名前を姿だけを知っているだけだった。だから同じクラスになった時は、太陽に手が届くんじゃないかってぐらいジャンプして喜んだことを、彼に今すぐにでも力説してやりたいが、それはまた今度にしよう。

彼は私の言葉に困ったのか、視線を逸らして、一歩後ろに下がった。

天才君を困らせたかったわけではなくて、知りたかったんだ、純粋に。

彼の性格はもちろん、彼の頭の上で今もゆらゆら揺れている馬と甲冑と剣。そして、その更に上にある、小さなハートマークの意味を。

こんなの初めてだったから、彼を見た時すごい衝撃を受けたんだ。彼を一目見た時、すぐにその真相をしりたくて、声をかけようとしたけど、彼は入学式の後、すぐにあまり学校にこなくなってしまった。

出席日数はギリギリ足りたようだが、あまり学校に来てないにも関わらず、この進学校で無事に進級できたということは、テストでもきちんとした点数を取ったからだろう。だから私は、彼を天才君と呼んでいる。

さて。

ここからどうやって彼を誘おうか。嫌な気持ちにはなっていないとは思う。相手が怒りを感じた時、前世のマークがゆらゆら動くをやめて、私の方に向きを変えてまるで攻撃をするかのような素振りを見せることが多いのだ。恐らく前世の影が、その人を助けようとしているのだろう。これは前世が見えるからこそ、かもしれない。でも何に対して怒っているのかとか、詳細なことは分からない。

「俺は、興味ない」

はっきりと、そう言った。

私を真っすぐに見て。

さっきの私の言葉に対する返事だと理解するのに、少しだけ時間がかかった。懇親会とかに興味がない、という意味ももしかしたら込められていたのかもしれないが、どっちだっていい。

「私は、興味ある」

「僕はない」

「ある」

「ない」

なんて無意味な会話なんだろう。だけど、天才君でもこんな無意味な会話をするんだ、なんて新たな発見ができた。

そんな会話をしていると、パタパタと廊下からスリッパの音が聞こえてくる。それも一人分ではない。

「おい、まりあ。遅いぞ」

「大澤」

教室に現れたのは、大澤だった。色素の薄い髪の毛と、同じ色をした透き通るような瞳がこちら私たちを映し出す。

「駐輪場にもう誰もいなくなっちゃったよ」

大きな体躯の後ろから、ひょこっと顔を出したの天光は、さらさらのストレートボブは思わず手を通したくなるほど綺麗で、外国人形のようにくりくりで大きな瞳に、ふっくらと柔らかそうな唇は、女の私が見ても、守ってあげたくなるくらい可愛い。


「ほら、二人も迎えに来てくれたから、早く一緒に行こう!」

「いや、僕は……」

「諦めろ、水瀬。まりあはちょっとやそっとで諦める女じゃないからな」

「えっへん!」

どやあ、腰に手を当てて胸を張るが、すかさず「褒めてねえよ」と言われた。でもどう考えても誉め言葉なので、一旦スルーする。


朔夜の言葉に少しだけ眉を寄せた天才君は、誰が見ても困っていた。だけど、天才君の頭の上では、未だに騎士のマークと、ハートマークがくるくる回っている。それを見て私は、大きく息を吸って、彼に言葉をかける。

「まずは教室を出よう! ファミレスでいい?」

手を差し出せば、戸惑いながらも彼は自然とその手を掴んでくれた。
—水瀬慧side—

僕史上最大の矛盾は、彼女と関わってしまったことだ。

賑やかな場所は嫌いだ。

にも関わらず、僕は昼時のファミレスにいた。隣の席は小さい子供と母親が仲睦まじそうにご飯を食べ、反対側では別の学校の制服を着た生徒たちが、僕たちと同じように駄弁りにきていた。いや、僕は別に駄弁りに来たわけではなく、クラスメイトの鈴木さんに無理やり連れてこられただけなんだけど。

どうしようか考えている横で、大澤くんはオレンジジュースをピッと押すと、僕を見て口を開いた。

「今、子供っぽいって思っただろ」

「え、別に思ってないけど……」

「ほら、よこせ」

ぶっきらぼうにそう言って、僕の手から小さな氷が入った透明なグラスを奪い取る。そしてオレンジ色の液体が注ぎ終わった自分のグラスがおいてあった場所に、僕のグラスを置くと、オレンジジュースのボタンを押した。

半ば強引に見えるかもしれないけど、彼の心から『もしかして、何を飲むか悩んでるのか? なれ俺と同じにしておけば話題にも困らないだろう』と言っているのが聞こえて、彼は別に意地悪をしたわけじゃなかったみたいだ。

少なくとも、笑顔の裏で汚いことを考えている大人なんかじゃない。

「まあ、途中嫌になったら帰ってもいいぜ。オレがまりあには適当に言っておくから。あいついっつも人の気持ち無視して強引なんだよ。ごめんな」

別に彼が謝ることでもないと思うけど、それだけ彼女と仲がいいからこそ出た言葉なのだろう。それがなんだかおかしいような、不思議な気持ちになる。

「大澤くんは、懇親会に行かなくてよかったの?」

「もしかしてそれ気にしてたの? マジで気にしなくていいよ。懇親会、まあ楽しそうではあるけど、急に決まったことだし、俺は水瀬と話してみたいと思ってたから」

それはどういう意味か聞こうとして、やめた。

オレンジジュースがいっぱいになったのを確認して、僕もグラスを手に取り席に戻ると、入れ替わるように女子二人がドリンクを取りに行ったので、僕と大澤君の二人の時間はまだ続く。

何か話した方がいいのだろうか。でも話したところで面倒くさがられるかもしれない。だけどずっと喋らないのは、逆に僕が彼のことをあまり良く思っていないと思われてしまうかもしれない。ならば話しかけたほうがいいのかもしれないけど、じゃあ何を話せばいいのか全く分からない。

そうだ、大澤くんは僕が話題に困らないようにって、同じ飲み物を選んでくれたんだから、その話をすればいいじゃなか。でもどうやって切り出せばいい?

なんて悩んでいる間に、大澤くんはオレンジジュースをごくごくっと喉を鳴らしながら飲んでいた。そしてそっとコップを置くと「水瀬は何食べる?」と窓際に置かれていたメニュー表を開いた。

ここのお店は、本格的なイタリアンを手ごろな値段、もっと言えば高校生のお小遣いでも来ることができるぐらいの値段で食べられるお店だ。チェーン店で、全国どこにでもあるだろうけど、僕たちの高校の地域には駅南のここしかない。だからクラスメイトはだいたいこのお店か、隣にあるマック、どっちにするかが多いらしい。

「あ、えっと……」

マルゲリータピザに、カルボナーラ、トマトドリアなど、美味しそうな写真が目の前に広がる。

するとタイミングよく女子二人が戻って来た。大澤君の前に天光さん、僕の前に鈴木さんが座り、メニュー表を一緒に覗く。温かな日差しが何だか眩しくて、ちらりと窓を見れば、鳩と烏5羽が羽を休めていて、ちょっとだけ驚いた。

「水瀬はどれ食べる?」

鈴木さんに突然話を振られ、意識をメニュー表に戻す。

「僕はドリアで」

そこまで言って、しまった、と思う。

もしかしてファミレスではみんなでシェアできるものを選ぶべきだったか!? と。しかし僕の心配をよそに、鈴木さんは「じゃあ私もー」と言って僕と同じドリアを指さし、天光さんはピザ、大澤くんはイカ墨パスタを注文することになった。どうやら僕の選択は間違っていなかったようで、ほっと息をついて、オレンジジュースを口にした。

店員さんに注文し終わると、一瞬の静けさがテーブルに広がる。

ああ、この静けさが僕は嫌いだ。なんて、これもまた、自分に矛盾しているなとも思う。

だけど、僕の嫌いな時間は一瞬で、鈴木さんが透明なサイダーをぐいぐいっと飲み干した瞬間、僕たちの席は周りと同じ賑やかさを放つ。

「水瀬!」

突然呼ばれた名前に目を見開く。あまりに予想していなかった出来事に驚いたのはもちろん、僕の名字を呼び捨てにしてきたことも、びっくりしたのだ。別に怒っているとか、嫌な気持ちになっているわけじゃないけど、彼女の真意がつかめず、思わず身を竦める。いっそ心を見てしまったほうが、早いんじゃないだろうかとも思う。

「さっきも言ったが、私はきみが、気になっている!」

うん。やっぱり心を見たほうが早いかもしれない。って駄目だ駄目だ。心を見たって、嫌われるだけなんだから。

「それは、えっと……」

「おまえなあ、もうちょっとオブラートに包めよ」

「こういうのはパッションが大事なのだよ、大澤君」

会話のキャッチボールを始めた二人にホッとして、僕はもう一度オレンジジュースを口にする。

僕は物心ついた時から、人の心が見えた。見えたというより、読めるという方が正しいかもしれない。相手の考えてくることが、音楽のように脳内に自然と流れてくるのだ。あまりにも突然だったから、両親にも友達にも相談をしたことがある。だけど彼らは決まってこう言った。

『そんな嘘言わないの』
『嘘つき』
『心が読める? もし本当なら病院へ行かないと』
『気持ち悪い』

そんな言葉たちが、相手の口から言葉だけじゃなくて、心からも聞こえてきたんだ。彼らはみんな異世界の主人公のようにすごい、なんてもてはやしてくれない。僕の能力は、気持ち悪いものなんだ。

「つーまーり!」

大きな声は、ビクッと僕の肩を揺らした。だけど、周囲にその声はすぐに溶け込んでしまう。

「きみと、友達になりたいんだ!」

彼女は笑顔だった。陽光に照らされた水面のように、瞳をきらきらと輝かせていて、なんだか眩しかった。だからもう一度、グラスに手を伸ばしてオレンジジュースを飲もうとしたけど、口の中に流れ込んでくるのは小さな氷たち。グラスはすでに、空だった。

「その言葉には同感、かな。私も、水瀬君と仲良くなれたら嬉しい。せっかく同じクラスになれたんだし、来年も同じクラスだからさ」

控えめな笑顔で天光さんは言った。

僕の高校では高校2年生のクラスが自動的に3年生でも同じになる仕組みだ。まあ正直、3年生にでもなれば、ある程度同級生たちの顔や話覚えたり、部活が同じ人がいたりで、新鮮味というものもあまりないような気もするけど。

まあ僕には関係のないことなんだけど。

でも1年生の時みたいに、出席日数ぎりぎりになって卒業できなくなるのは困るので、せめてたんたんと味気ない日常を送って、無難に高校生活を終えたいし、今ここで「うるさい、帰る!」なんて言える勇気なんて持ち合わせていないので、とにかくこの場を乗り切ることを最優先に考えることにした。

***

「今年の文化祭、うちのクラスでは……」

「どぅるるるるるるうぅっ、ぃって……舌噛んだ」

「ちょっと、せっかくの発表の前に失敗しないでよ!」

「ああ!? 盛り上げるためにお馴染みの効果音をオレ様直々にやってやったんだろうが! 感謝しろ」

盛り上がる二人にクラスメイトに一人が「夫婦漫才すなー」とヤジを飛ばす。

「「夫婦じゃない!」」

綺麗にハモった。

鈴木さんはこほん、と咳払いをし、改めてクラスメイト達を見渡す。

「今年は、お化け屋敷を開催します!」

鈴木さんの一声で、パチパチパチ~、と大きな拍手が沸き起こった。教室のあちこちから「よくやった文化祭実行委員!」「さすが鈴木と黒田のコンビ!」と二人をたたえる声まで聞こえてくる。

お化け屋敷は毎年どのクラスでも候補にあがる人気の出し物だ。だけど文化祭の日にお化け屋敷だらけになると困るので、もしも複数のクラスが希望した場合、各学年1クラスだけがお化け屋敷を催しとして開催することが出来る。

選抜方法は、じゃんけんだ。

「見よ、この拳を……! オレ様はこのグーで、勝利を勝ち取ったんだ」

拳を真上に高く上げる黒田君を無視して、鈴木さんが黒板に白いチョークで役職を書いていく。

お化け役。受付役。ライト役。脅かし役。

その横に必要な人数を記載していく。

「ちょっと、いつまでそのポーズでいるつもり」

「お前もちょっとは触れろよ!」

「時間の無駄。はい! ってことで、今から役職希望を取っていくよー! 当日はローテーションで回していくから、何時に入りたいか希望も言ってね。あ、もちろん準備は全員参加だよ!」

***

放課後になり、教室の後ろに椅子と机を運んで、空いたスペースでみんなが作業を始める。正直言ってこういうのは気乗りしないし、せめて一人で作業できるものがあるならそれがよかったけど、文化祭の準備はそうはいかなかった。

クラス全員参加のため、僕は段ボールにひたすらペンキを塗る係になった。中に壁を作って道をつくっていくためのものだ。

わいわいと賑わう教室の片隅で、僕は筆に黒い絵の具をつけてもくもくと作業を進める。しかしそれでも、人の心の声は自然と聞こえてきてしまう。

(めんどくせえ。さっさと部活行きてえな)
(あいつさぼってんじゃねえよ)
(文化祭の準備って最高に楽しい!)
(あー大澤君格好いい。好きな人いるのかな)

なんて声が聞こえてきて、僕は慌てて首を振る。

無になれ無に。

成長するにつれて、人の心の声はぼんやりと聞こえるようになったものの、人との距離や感情の強さによっては、やっぱりまだはっきり聞こえてくることも多い。そのため基本的には聞こえないふりをして、右から左に流して生活をするか、音楽などを聴いていれば聞こえなくてすむので、極力そうして過ごしたいのだが……。


「あー飽きた! あと頼むわ」

「は!? あたしだって部活行きたいんだけど。あんただけさぼるんじゃないよ。それにSHRがおわってからの1時間は、文化祭の準備優先って部活でも言われているでしょ」

「俺はお前と違って今度大会があるんだよ!」

ざわざわと嫌な空気が教室に漂う。

(本当ムカつくこいつ!)
(いちいちつっかかってくんじゃねえよ!)

言い合いをしている二人の強い感情が聞こえてきて、僕の手が微かに震えた。
実行委員の二人は買い出しに行っていて今は不在だ。

止めなきゃいけないけど、僕が何か言ったところでおさまるとは思えないし、かといって二人の仕事を代わりにやるのは他にやっている人たちにとって不平等になってしまう。

どうしようと思っていると「はい、そこまでー」と冷静な声が二人の言い合いに割って入った。

それは、大澤君だった。

「いつまで言いあってんの。お前らは準備なんて、って思ってるかもしれないけど、準備すらも楽しんでるやつらがここには大半なんだよ。そいつらの空気乱すな。文化祭の準備すら楽しめないやつが、文化祭楽しめんのかよ」

「別に文化祭とかくだらねえし」

「あ、そう。俺はお前たち含むこのクラス全員で、最高の思い出を作りたいと思ってるよ」

あまりにストレートで少しこっぱずかしい言葉を、彼はそのままぶつけた。本心だ。

そのストレートさが彼らの心に刺さったのか、周囲の目をあびて冷静になったのか、彼らは口を噤む。


「てか配役適当すぎる」

大澤君は無造作に自分の髪をわしゃわしゃとかきむしると、クラス全員の顔を見渡した。


「山田は、裁縫班に移動。竹内は買い出し班」

「「ええ!?」」


突然の異動に今言い争っていた二人の声がはもる。

「でもまりあ達が決めた配役を勝手に変えていいわけ?」


大澤君は「そんなの当たり前だ」と言って、クラスにいる人たちの一部に、別の準備をするようにと指示出しを進める。それは各々の部活や性格を加味したものだった。例えば運動部なら体力のいる買い出しであったり力仕事を。ホームメイキング部の人たちには細かい作業の衣装作成を。帰宅部や文化部の人たちは段ボールを切ったり塗ったりする作業を。

もともとの配役はクラスの出席番号を三分割し、それぞれ班に分けていたが、大澤君は瞬時にクラスのみんなが得意とするものに、それぞれ割り振っていった。

「まあ、買い出しぐらいなら行ってやってもいい。たしかちょっと遠いんだろ。他の奴らだと途中でばてて荷物が届くのが遅くなるかもしれねえしな」

「あたしも同感。それに買い出しちょっと楽しそうだし」

さっき言いあっていた二人も、大澤君の提案に乗ったようだ。クラスのみんなも、心なしか新しく決まったポジションにワクワクしているように見える。

「それじゃ、さっさと進めるぞ。黒田と鈴木が戻ってきたら、もっと進まなくなるからな」

なんて冗談を言ってクラスに笑いが起こる。

それを最後に、ひとつの嵐は、無事に過ぎ去った。

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