「菜々は、自分は独身を謳歌しているからと言って、結婚してからも、風斗が産まれた時もよく助けてくれたんです。風斗も菜々が大好きですし、私も夫も、家族のようにとても大切に思っています。……ですが」

 夫は、菜々と会っていたんです。
 震える声で沙雪さんが告げる。

 正純さんは、定時から三十分ほど過ぎてから姿を現したらしく。
 後を追うと、品川駅で菜々さんと落ち合っていたのだという。

 菜々さんの家は、品川駅から歩いて十数分のマンション。
 楽し気に話ながら歩いて行く先は、おそらく彼女の家だったのだろうと、沙雪さんが涙を拭う。

「きっと、毎日菜々の家に行っていたのだと思います。五日前の、あの日も。時々シャツから甘い香りがするのも、納得がいきました。夕食を残しがちなのも。菜々は……本当に、素敵な女性なんです。私もずっと、菜々のようになれたらと憧れていました。夫が惹かれるのも、無理はないと思います」

「そんな……。でも、まだ二人が家に行ったのを確認したわけではないんですよね」

「……ついて行こうと思っていたんですけれど、足が、動かなくて」

 けれど、と。沙雪さんは緩く首を振って、

「私には、あの二人を責めることなんて出来ません。私のほうが、ずっと嘘をつき続けているのですから。……いくら隠していたって、化け物であることは、変わりないのに」

「それは違うと思います」

 咄嗟に言い返してしまって、私は「すみません」と口元を抑える。
 けれど、見過ごせなかった。

「私はただの人間ですが、マオさんも、つづみ商店の方々も、優しく気を配ってくださる方々ばかりです。それこそ私が元々勤めていた会社の上司よりも、身勝手に私を害そうとした、お客様よりも。……"人間"ではない、という意味で"化け物"とおっしゃるのでしたら、否定はできません。けれど少なくとも私には、マオさんたちの方が、沙雪さんの方が、心優しく素敵な方々です。正純さんも、沙雪さんが"人間"だから好いたのではないと思いますよ」

「…………」

「沙雪さん。沙雪さんは、これからどうされたいのですか?」

 沙雪さんは顔を伏せて、力なく首をふる。

「……わかりません。夫に真実を訊ねる勇気はありませんし、けれどきっと、二人のことは、頭から離れないと……」

「明日、俺達が様子を見て来る」

「! マオさん」